◆46回引っ越した江戸川乱歩が、ミステリーの巨星になれた納得の理由
眠れなくなるほど面白い文豪42人の生き様。芥川龍之介、夏目漱石、太宰治、川端康成、三島由紀夫、与謝野晶子……誰もが知る文豪だけど、その作品を教科書以外で読んだことがある人は、少ないかもしれない。そんな人に向けて、文芸評論に人生を捧げてきた「文豪」のスペシャリストが贈る、文芸作品が一気に身近になる書『ビジネスエリートのための 教養としての文豪(ダイヤモンド社)。ヘンで、エロくて、ダメだから、奥深い“やたら刺激的な文豪たちの知られざる生き様”を大公開!

【究極のジョブホッパー】屋台ラーメンから大作家へ! 江戸川乱歩が大逆転できた最強の武器イラスト:塩井浩平

生涯46回引っ越し
寮を抜け出して停学になったことも

江戸川乱歩(えどがわ・らんぽ 1894~1965年)三重生まれ。本名・平井太郎。早稲田大学政治経済学部卒。代表作は『D坂の殺人事件』『怪人二十面相』『人間椅子』など。日本の推理小説の先駆者として知られる。幼いころは母親が海外の探偵小説や日本の怪奇小説などを読み聞かせた。造船所や貿易会社、ラーメンの屋台などさまざまな職を転々とするが、推理小説への情熱は冷めず、大正12(1923)年、『二銭銅貨』でデビューして一躍注目を集める。その後、探偵小説や怪奇小説を次々と発表し、日本のミステリー文学に多大な影響を与える。昭和40(1965)年、くも膜下出血により70歳で死去。

激動の時代を生き抜いた文豪のルーツ

江戸川乱歩は70歳のとき、脳の動脈にコブができてある日突然破裂する「くも膜下出血」で亡くなるまで、第1次・第2次世界大戦を乗り越え、戦後も長らく活躍した長命な作家です。

乱歩の父親は武士出身の実業家で、輸入機械や外国保険の代理店、出版など、さまざまな事業を展開していました。そんな父親の影響か、それとも血筋なのか、息子の乱歩もさまざまな職を転々としています。

究極のジョブホッパー!?
遅咲きの才能を育んだ多種多様な経験

いまでは短期間で転職を繰り返す人のことを「ジョブホッパー」と呼んだりしますが、乱歩の場合、それどころではすまないほど職を転々としています。

小説家として芽が出る40歳ごろまで、貿易会社、造船所、古本屋、チャルメラを吹いてラーメン屋台で中華そばを売り歩いていたこともあれば、探偵事務所で働いていたこともあるのです。

常識の枠には収まりきらない自由奔放な魂

1つのところでじっとしていられない気質は、仕事を転々とするだけでなく、住まいにも表れており、生涯で46回も引っ越しをしました。中学生のころには、寮を抜け出して停学になったという記録もあります。