写真:平石屋吉田商店の本社平石屋吉田商店の本社(東京商工リサーチ撮影)

日本人の主食のコメが消えた――。「令和の米騒動」となったコメ不足と価格の急騰は、大きな社会不安を呼んだ。2025年後半からコメ不足は徐々に解消されたが、まだスーパーなどの店頭に並ぶ米価は以前よりはるかに高い。新米は高く、古米も安くない。コメを巡って各地で卸業者は混乱し、高騰で仕入れができず事業継続を断念したケースもある。コメ卸の二極化が進むなか、長年にわたり地元の消費者から親しまれた業者が真っ先に淘汰の波にのみ込まれた。(東京商工リサーチ 宇都宮支店 吉野祐介)

年商100億円以上に達した
地域密着の老舗米卸の苦境

 平石屋吉田商店は1907年、宇都宮市で創業された。業歴120年を超える老舗のコメ問屋で、1990年代以降はコメの流通規制の緩和を追い風に、卸販売事業で拡大路線に舵を切った。

 多額の資金を投じて精米加工能力を強化すると、地元の栃木県産米だけでなく全国の産地米を積極的に買い付け、スーパーや飲食店向け卸と店頭小売りで成長を続けた。1994年8月期の売上高は109億7000万円と過去最高に達し、地域のコメ流通を支える一翼を担う存在となった。

 だが、食生活の変化や少子化でコメ需要は着実に減退し、日本のコメ消費は1960年代をピークに右肩下がりとなった。コメ離れが進めば進むほど、価格競争に巻き込まれ、利幅も大幅に落ち込んだ。そこに精米加工場などの設備資金の借入金が過剰債務として圧し掛かり、資金繰りを圧迫していった。

 2003年8月期の売上高は39億8551万円。急激なコメ需要の落ち込みで、ピークからわずか10年足らずで売上高は半分以下に落ち込み、4850万円の赤字を計上。債務超過に陥った。もっとも、売り上げ減少は利益率を重視し、顧客を選別した結果でもあったが、収益重視の再建策も利益率アップには繋がらず、2018年8月期まで断続的に赤字が続いた。