昔は当たり前のようにそばにいた相手でも、大人になるにつれて関係性は少しずつ変わっていく――そんな現実に戸惑った経験はないだろうか。『人生は「気分」が10割』の著者、キム・ダスル氏の新刊『人生は期待ゼロがうまくいく』の発売を記念した本稿では、ライターの柴田賢三氏に大人だからこそ直面する友だちとの関係の変化についてのエッセイをご寄稿いただいた。(企画:ダイヤモンド社書籍編集局)

気付いたら友人が減っている50代に知っておいてほしいことPhoto: Adobe Stock

葬儀を欠席した「親友」

 数年前に父親が亡くなった際、こんなことがあった。

 通夜と葬儀を無事に済ませ、兄と2人で実家に戻ってビールを飲んでいると、酔った勢いで彼が突然怒りはじめた。

「そういえばタケシ(仮名)の野郎、これで絶交だ」

 タケシというのは、兄が学生時代から付き合っていた友人のこと。もともと友だちが少ない兄にとっては数少ない親友と呼べる存在だ。

「ああ、そういえばタケシくん葬儀に来てなかったね。なにか事情があったんだよ。そもそも親父が死んだことを知らなかったのかもしれないし」

「いや、あいつには知らせてた。もうこの年だから、友だちのグループLINEで互いに親の不幸は知らせ合うようにしてたから」

 私は地方出身者だ。小さな街だけに、知らせなくても誰かの訃報は耳に入るし、どんなに忙しくても香典を持って通夜か葬儀に直接駆けつけなければ「薄情モノ」のレッテルを貼られかねない。今の時代には合わない理不尽さも感じるが、田舎とはそういうものだ。

「後日、家に弔問に来てくれるかもしれないから、今は目くじら立てないほうがいいよ」

友人関係は「期待ゼロ」がうまくいく

 東京に出た私と違い、地元に残った兄が友人のグループLINEで親の訃報を伝え合うことにも驚いたが、いくらなだめても兄の怒りは収まらない。そこで、自分の友人のことを振り返ってみた。

 私は父が危篤になった際、たまたま久しぶりに飲みに行く約束をしていた旧友にだけ事情を明かしていたところ、その友人がグループLINEに父の訃報を入れたため、多くの友人が斎場に駆けつけてくれた。

 もちろん、葬儀に参列してくれなかった友人もいたが、別に怒りを覚えることはなかった。大人になったら、そんなものだと思う。

 しかし、兄はビールから日本酒に切り替えても、ずっとタケシくんの文句を言っていた。

誰とでもつながるより
誰とつながるか選ぶ

 “人生の指標”となる言葉の数々を収録している本、『人生は期待ゼロがうまくいく』の中には「『友達』は減っていくものだと考える」という項目がある。

 環境も価値観も変わるから、昔の仲間と会っても、当然、共感できないことが増えてく。疎遠になるのも自然な流れだ。でも、それは悲しいことじゃない。むしろ、大人として生きていく過程そのものだ。
――『人生は期待ゼロがうまくいく』(p.117)

 みんな、まだまだ現役世代で忙しく、まわりに言わないだけで自分の親の介護をしていて外出がままならない友人もいるかもしれない。

 著者のキム・ダスル氏は、この章を次のように結んでいる。

 こうして年を重ねるごとに、交友関係がシュリンクしていくのは、それだけ自分が、今の人生に忠実に生きている証拠。誰とでもつながっていた頃の自分から、誰とどうつながるかを選べる自分へ――。それが成熟のかたちだと思う。

 今度、実家に帰ったら、このページに付箋をつけて兄に本をプレゼントしよう。

(本記事は『人生は期待ゼロがうまくいく』の発売を記念した書下ろしエッセイです)

柴田賢三(しばた・けんぞう)
大学卒業後、複数の出版社や不動産会社での社員を経てフリーライターとして独立。週刊誌、月刊誌、WEBメディアなどで記者、編集者を経験した。事件、芸能、スポーツ、サブカルチャーまで幅広く取材に携わり、のちに新聞やテレビでも大きな話題になったスクープをモノにしたこともある。