【大人の教養】大航海時代、ポルトガルとスペインを出し抜いた「幻の航路」の正体とは?
「地図を読み解き、歴史を深読みしよう」
本連載では、海峡・山脈・河川などの地形を手がかりに、世界史を読み直していく。著者は代々木ゼミナールの世界史講師で、「地図の鬼」と呼ばれる伊藤敏氏。オリジナル地図を通じて、ホルムズ海峡やシルクロードなどの歴史的背景を立体的に理解でき、歴史と地理を同時に味わうことができる。本稿は、伊藤氏の近刊『地図で学ぶ「深読み」世界史』を一部抜粋したものだ。
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大航海時代、ポルトガルとスペインを出し抜いた「幻の航路」とは?
本日は「北西航路」を扱います。「北西航路Northwest Passage」とは、北米大陸を北回りに、すなわちカナダやアラスカの北の海域=北極海の一部を経由して、大西洋と太平洋をつなぐ航路のことです。
大西洋と太平洋を結ぶ「第三の航路」
一般に、大西洋と太平洋をつなぐ航路と言えば、南米南端近くのマゼラン海峡か、中米のパナマ運河を経由する航路が利用されます。しかしこの2つの航路は、航続距離の問題に混雑、通過する船舶の大きさの制限(パナマ運河のパナマックス/全幅32.3m他)など、必ずしも最適な航路とは言い難い側面もあります。かといって、パナマ運河やマゼラン海峡を経由しないとなると、航続距離が長くなり、当然ながら時間だけでなく燃料費をはじめとするコスト増は避けられません。下図を見てください。
出典:地図で学ぶ「深読み」世界史
北西航路は航続距離こそパナマ運河航路よりも短いものの、北極海に面することから航路が氷河で覆われており、実用的な航行、なかでも大型船の航行は困難であると見なされてきました。
しかし、2010年代より北西航路の実用化は急速に現実味を帯び始めます。世界の多くの国々が見向きもしなかった、北極海域への注目が国際社会でにわかに高まることとなったのです。同時に、北西航路の実現化は、必然的に国際社会の関心を惹きつけ、新たな国際問題の火種も包含することになるのです。
北西航路を求めて――後発国の挑戦
北西航路の探索は、早くも16世紀には始まります。ヨーロッパ諸国や中国が大洋に乗り出した、いわゆる「大航海時代」が到来すると、ヨーロッパでその先陣を切ったのはポルトガルとスペインでした。
ポルトガルは1488年にアフリカ南端の喜望峰に到達し、1498年にはインド航路を確立し、1512年には香辛料の産地であるモルッカ諸島に到達し香料貿易を独占します。また、スペインはコロンブスによる1492年のサンサルバドル島到達を契機に、新大陸(南北アメリカ大陸/西インド)への進出を加速させます。
また、コロンブスの航海を契機に、ポルトガル・スペイン両国は世界進出における分界線まで定めます(デマルカシオン)。
この結果、概ね1550年までに、ポルトガルはアフリカ南端を経由する東廻りを、スペインは新大陸(あるいはマゼラン海峡)を経由する西廻りの各々アジア航路を確保します。他のヨーロッパ諸国にとってはアジア進出が困難になることが容易に予想できるものでした。当時のアジアは、ヨーロッパ諸国で需要が高い嗜好品であった香辛料をはじめ、中国の茶や絹織物に陶磁器など、魅力的な商品を多々擁していたのです。
こうしたイベリア両国の進出にやや遅れて、イングランドやフランスといった諸国も大洋に漕ぎ出し、新たな航路を探し求めるのです。
(本原稿は『地図で学ぶ「深読み」世界史』を一部抜粋したものです)









