リム・シャンファさんリム・シャンファさんは中国からの攻撃に備えたいと考えている

【新北市(台湾)】作業療法士のリム・シャンファさん(37)は、数冊の本、水、サバイバル用品を詰めたバックパックを背負って勤務先の病院に出勤する。エレベーターは使わず、11階まで階段で上ってからオフィスのある9階まで降りる。

 これは侵攻に備えた訓練だ。中国が台湾に対してミサイル攻撃を開始したら、3歳の娘と6歳の息子を安全な場所に連れていけるだけの準備をして体力もつけておきたい、とリムさんは考えている。

「私にとって何よりも大切なのは、子どもたちを連れて走れることだ」

 台湾では、全ての市民を中国の攻撃に備えさせるという政府の目標を受け入れ、自衛に熱心に取り組む人々が増えている。リムさんもその一人だ。

 頼清徳総統と与党・民主進歩党にとって、台湾の存亡は軍の準備だけでなく、市民の侵攻への備えと中国を撃退する意志にかかっている。

 とはいえ、自衛が台湾で市民共通の義務として受け入れられているかと言えば、決してそうではない。

「台湾は生活水準が高く、日常的な危険もないため、市民は油断している。このことは、社会に警戒心を浸透させようとする政府の取り組みにとって引き続き試練となるだろう」。台湾政府の「全社会防衛強靭(きょうじん)性」計画の進捗(しんちょく)について米シンクタンクのジャーマン・マーシャル財団が最近公表した報告書で、アマンダ・シャオ、ボニー・グレイザー両氏はそう記した。

 こうした障害に加えて、政治状況も厳しい。頼総統は中国に対抗する目的で400億ドル(約6兆3600億円)の特別防衛予算の成立を目指しているが、議会での審議が膠着(こうちゃく)状態に陥り、承認を得られずにいる。野党の一部には、米国製のミサイル防衛システムを購入したり、子どもに武術を教えたりして防衛力の強化に取り組めば、中国は武力を行使して台湾を奪取するという脅しを実行に移すだけだとの意見もある。

 台湾は以前から世界の火種の一つで、その地位は論争の的となってきた。国共内戦で毛沢東率いる共産党軍が勝利し、蔣介石率いる国民政府が1949年に台湾に撤退して以来、中国政府は台湾を自国の領土と主張してきた。一方、台湾は自らを主権国家と見なしているが、中国政府にとって越えてはならない一線である独立の宣言には至っていない。

 国立政治大学選挙研究センターが長年実施している世論調査によると、中国との統一を支持する市民は8%を下回っている。半数以上は自治民主主義体制としての現状維持か、独立の宣言への動きを求めている。