学校の授業で学ぶ歴史には、偉人たちの輝かしい功績や「すごい」エピソードが数多く登場します。しかし、どんな人物にもそれだけでは語れない一面があります。歴史をひもとくと、「すごい」人の中にも、思わず目を疑うような「やばい」行動や選択が、数多く記録されているのです。
そんな「すごい」と「やばい」の両面から、日本史の人物のリアルな姿に迫るのが『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』。今回取り上げるのは「日記文学」の草分け、紀貫之です。
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なぜか女性になりきって日記を書いたおじいちゃん
紀貫之は現代まで残る『古今和歌集』を作り上げましたが、当時は実績ではなく家柄で身分が決まった時代です。偉業を達成したとしても、下級貴族出身のかれの官位は低いまま。『古今和歌集』の編集が終わると、京(京都)からすればド田舎の土佐(高知)に転勤になってしまいます。
そのうえ、土佐で国司として働いているうちに、後ろ盾になってくれた上司も醍醐天皇も死んでしまい、ようやく60代で京に帰って来られたと思ったら、無職になってしまったのです。
ひまをもてあました貫之は、『土佐日記』という土佐から京までの旅日記を書きました。
でも、それはなぜか、「男もすなる日記といふものを 女もしてみむとて するなり」(男がするという日記というものを 女もしてみようと思って 書いてみた)で始まる、「おじいちゃんが女性になりきって書いた」クセ強な日記でした。
イラスト:和田ラヂヲ(『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』より)
当時、日記は「男性が漢文で書くもの」でしたが、ひらがなを愛する貫之は、あえて女性のふりをして日本初の「ひらがな日記文学」を生み出したのです。
貫之は出世できないストレスを女性アバターになりきることで発散した、日本初のバーチャルリアリティおじいちゃんだったのです。
(本原稿は『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』からの抜粋です)









