学校の授業で学ぶ歴史には、偉人たちの輝かしい功績や「すごい」エピソードが数多く登場します。しかし、どんな人物にもそれだけでは語れない一面があります。歴史をひもとくと、「すごい」人の中にも、思わず目を疑うような「やばい」行動や選択が、数多く記録されているのです。
そんな「すごい」と「やばい」の両面から、日本史の人物のリアルな姿に迫るのが『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』。今回は、シリーズ前作『東大教授がおしえる さらに!やばい日本史』所収の明智光秀のやばすぎるエピソードを紹介します。
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妻が信長をボコボコにして逆恨みされる
明智光秀は妻を大切にした愛妻家としても有名ですが、妻をめぐって光秀夫婦に大迷惑がふりかかった、こんな逸話があります。
きっかけは、織田信長が家臣たちを集めて始めた「どの武将の奥さんが美人か」というくだらない男同士のトークでした。話が盛り上がるなか、ひとりの家臣が「そりゃあ明智殿の妻の煕子(ひろこ)殿が天下一ですよ」と言いました。
そこで信長は煕子の顔が見たくなり、城内にやってきた煕子のあとをつけて、いきなり後ろから抱きついたのです。おどろいた煕子は、とっさに持っていた扇で信長をボコボコにしました。
イラスト:和田ラヂヲ(『東大教授がおしえる さらに!やばい日本史』より)
相手がおそろしい信長だと知っていればそんなことをするはずもありませんが、煕子は信長の顔を知らなかったのです。
人妻にセクハラをしておいて勝手なものですが、信長は恥をかかされたと怒り、光秀にパワハラをするようになりました。とんだ逆恨みです。
パワハラのストレスからか、光秀は激しい下痢に苦しみます。その看病をしていた煕子も病気で倒れ、なんと死んでしまいました。
ブラック上司に疲れ果て、最愛の妻までも失った光秀は、とうとうキレて本能寺の変を起こしたのかもしれません。
(本原稿は『東大教授がおしえる さらに!やばい日本史』からの抜粋です)









