藤原喜明氏 Photo:SANKEI
70年代前半の新日本プロレス黎明(れいめい)期、選手たちの人間関係は「サル山と同じだった」と語るのは、“関節技の鬼”と称されアントニオ猪木の付き人も務めた藤原喜明だ。たびたび選手同士の衝突も起こるというプロレス界で、彼が実際にみた「ケンカマッチ」はどのようなものだったのか。※本稿は、プロレスラーの佐山聡、藤原喜明、川田利明、船木誠勝ほかの『証言 プロレス界ケンカマッチの真実』(宝島社)の一部を抜粋・編集したものです。
猪木も黙認していた
藤原vsキラー・カーンのケンカ
「そんな大ごとになるようなことは少ないけど、お互い感情的になるようなケンカはよくあったよ。ケンカが始まると、他のレスラーたちも面白がるんだ。『おっ、始まったな』『おい、どっちのほうが強い?』とかな。
俺とキラー・カーンがリングでケンカした時もそうだった。向こうがマディソン・スクエア・ガーデンから帰ってきて、ちょっと天狗になってたんだよな。それで正々堂々とケンカしたんだよ。
あの時、猪木さんは控室で若手にマッサージをしてもらってたらしいんだけど、星野勘太郎さんが『藤原と小澤(正志。カーンの本名)が始まりましたよ』って報告したら、べつに怒るでもなく止めるでもなく、『おう、そうか。どっちが強い?』って言ったらしいからな(笑)。ある意味で、猪木さん公認とは言わないけど、黙認のケンカだったよ」







