筋骨隆々の大型黒人レスラーとして期待されたが、来日初戦の木戸修戦(83年8月26日、大宮スケートセンター)から、あまりにも不格好な試合運びで、プロレスラーとしての技量不足を露呈。

 その後は、テレビ放送に登場することもない“とんだ一杯食わせ者”だったが、シリーズ最終戦を前に、試合のなかで制裁が加えられた。

「あの時は、ローンホークが勘違いしたことをやってきたから、星野さんがパンチでバババババッとやったんだよ。あの人は元ボクサーだからね。それでタッチしたあと、『じゃあ、俺も』ってことでやって、2人で代わる代わるボコボコにしたんだよ。

 そしたら試合中に控室に帰りやがってな。終わったあと、『アイツら、殺してやる!』ってアイスピックを持って暴れてたらしいんだよ。

『証言 プロレス界ケンカマッチの真実』書影証言 プロレス界ケンカマッチの真実』(佐山聡・藤原喜明・川田利明・船木誠勝ほか、宝島社)

 俺はそれを聞いて、体育館にあった長い棒を持って控室で待ち構えてたんだ。俺は剣道をやってたからな。なんかあったらぶちのめしてやろうと思って。試合じゃなくてケンカなんだから、モノだって持つよ。

 黒崎健時先生なんかも極真空手の最高師範だったけど、もともとは剣道をやってたんだよ。剣道家は棒を持ったら強いよ。だから俺んちの枕元にも木刀を置いてるんだ。強盗とかが入ってくるのを楽しみにしてるんだけどな。木刀でどうやってぶちのめすか、いつもシミュレーションしているからな。

 結局、ローンホークは控室には乗り込んでこなかったけど、その後、アメリカ大使館に駆け込んで『日本人に殴られた!』って泣きついたらしいんだよ。それで『あなたの職業は?』って聞かれて、『プロレスラーです』って言ったら、『バカヤロー。帰れ!』って追い返されたって聞いたよ(笑)。

 まあ、この世界で生きていくためには、仕事がしっかりとできて、ケンカだって強くなきゃいけないってことだな」