退職代行を「使ってもいい人」と
「使ってはいけない人」の違い
さらに厄介なのは、自分で決めて、自分で伝える経験を失うことです。
バリー・シュワルツは、自己決定の感覚が人の満足感や心の健康と深く関わることを論じています。自分で選び、自分で引き受ける感覚が弱くなると、人は無力感を持ちやすくなるのです(※1)。
また、ジュディス・ロダンとエレン・ランガーの研究でも、高齢者施設の入居者に「自分で選べる余地」を持たせると、活力や幸福感が改善しました(※2)。
ここから言えるのは、「何でも自分でやれ」という精神論ではなく、自分の人生の重要な局面で、主体的に決めて動くこと自体に意味があるということです。
退職は、まさにその局面ではないでしょうか。辞めるかどうかを自分で決める。いつ辞めるかを決める。誰に、どう伝えるかを決める。この一連のプロセスは、本来、自分のキャリアを自分で引き受ける訓練でもあります。
そこを丸ごと外注してしまえば、その瞬間はラクでも、「面倒なことは自分で処理しない」という癖がつきやすい。仕事ができる人ほど、こういう場面を避けません。しんどくても、自分で筋を通すからです。
もちろん、退職代行の利用を一律に否定するつもりはありません。
パワハラや違法な長時間労働、賃金不払い、心身の不調など、自力での退職交渉が危険だったり、現実的に難しかったりするケースはあります。
そういうときは、外部の力を借りるのが正しい判断です。問題なのは「ただ気まずいから」「怒られたくないから」という理由だけで、自分の責任まで丸投げしてしまうことです。
自分で辞めると伝えるのは、たしかに面倒です。胃も痛くなるでしょう。けれども、その面倒を引き受けることも含めて、社会人としての仕事です。
便利なサービスを使う前に、一度だけ考えてみてください。それは本当に“自分を守るための手段”なのか、それとも“向き合うべきことから目をそらすための手段”なのか。
前者なら、使えばいい。後者なら、そのツケはあとで自分に返ってきます。退職代行が怖いのは、辞める瞬間ではなく、自分で終わらせる力を失ってしまうことなのです。
※1 Schwartz, B. (2000). Self-determination: The tyranny of freedom. American Psychologist.
※2 Rodin, J., & Langer, E. J. (1977). Long-term effects of a control-relevant intervention with the institutionalized aged. Journal of Personality and Social Psychology, 35, 397–402.







