投資を始めたばかりの女性Photo: Adobe Stock

「含み益が出たらすぐに売ってしまう」「少しでも下がると怖くなって損切りする」――そんな経験がある人は多いだろう。実は、世界一の投資家ウォーレン・バフェットも11歳のとき、まさに同じ失敗をしている。『ウォーレン・バフェットはこうして最初の1億ドルを稼いだ』には、バフェットが少年時代の初めての株式投資から得た痛烈な教訓が記されている。目先の小さな利益に飛びついてしまう心理のワナと、それを克服するための考え方を知れば、あなたの投資成績は大きく変わるかもしれない。本連載では、本書の内容から、ウォーレン・バフェットの投資術をお伝えしていく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

11歳の初取引で犯した失敗

 バフェットが初めて株を買ったのは、わずか11歳のときだ。

 6年間、新聞配達やコカ・コーラの転売など、あらゆる手段で小銭を稼ぎ、貯めた120ドルを元手に、姉のドリスと一緒にシティ・サービスという会社の優先株を購入した。

 ところが、買った直後に株価は1株38.25ドルから27ドルまで下がってしまう。姉を説得して買わせた手前、バフェットは罪悪感を覚えた。

 やがて株価は40ドルまで回復し、彼はほっとして売却する。1株あたり1.75ドル、合計5.25ドルの利益を手にした。

 しかし、売却後にシティ・サービスの株価は202ドルまで急騰した

 もし持ち続けていれば、利益は5.25ドルどころではなく、約490ドルになっていた計算だ。わずかな利益を確定させたことで、本来得られたはずの大きなリターンを逃してしまったのである。

小さな利益にうっかり飛びつくな。シティ・サービスの優先株の株価はバフェットが四十ドルで売却した後、二百二ドルまで急騰した。(『ウォーレン・バフェットはこうして最初の1億ドルを稼いだ』より)

買値への執着は「回収不能コスト」

 株を買った後、値下がりするとつい「買値に戻ったら売ろう」と考えてしまう。

 これは多くの個人投資家が陥りがちな心理だ。だが本書では、この考え方こそが間違いだと指摘されている。

 買うために払ったお金は「サンク・コスト」、つまり「もう取り戻せないお金」である。

 たとえば、映画のチケットを買って観はじめたが、つまらない。「せっかくお金を払ったから」と最後まで観るのは、サンク・コストに引きずられている状態だ。株も同じで、買値にこだわること自体に意味はない。

 大事なのは、「今の株価から、この先どこまで上がりそうか」を冷静に見極めることである。

 そのためには、その会社が本来持っている価値(本書では「本質価値」と呼ぶ)を自分なりに計算し、株価と比較する習慣が必要だろう。

株式の購入のために支払ったお金には執着するな。それはサンク・コスト〔注:取り戻すことができない費用〕だ。株価がそこからどこまで上がるのかを予測することが大事なのだ。(『ウォーレン・バフェットはこうして最初の1億ドルを稼いだ』より)

「他人のお金」は神聖なもの

 バフェットがこの初取引で学んだもう一つの教訓は、他人のお金を預かる責任の重さだ。

 姉のドリスに「一緒に買おう」と勧め、株価が下がったとき、彼は罪悪感にさいなまれた。自分を信じてお金を出してくれた人を失望させることが、どれほどつらいかを身をもって知ったのである。

 この経験は、後のバフェットの投資人生に深く刻まれた。

 本書によれば、彼は「成功の確信がない限りは他人のお金の運用を引き受けない」と誓ったという。

 11歳で芽生えたこの責任感こそが、後に数百億ドルを運用する投資家としての信頼の土台になったのだ。

 個人投資家であっても、家族の資金を運用したり、友人に銘柄を勧めたりする場面はあるだろう。そのとき、「他人のお金は神聖なもの」という意識を持てるかどうかが、長く投資を続けられるかどうかの分かれ目になるのかもしれない。

「11歳の失敗」が教える投資の本質

 バフェットはこの初取引の後、チャートや数字のパターンを使った「投機」にのめり込んだ時期もあった。しかし19歳のとき、バリュー投資の父と呼ばれるベンジャミン・グレアムの著書に出会い、投機家から投資家へと変わっていく。

 本書では、バフェットの投資哲学の根幹を「ゲット・リッチ・スローリー(ゆっくりお金持ちになろう)・アプローチ」と表現している。

 目の前の小さな利益に飛びつかず、企業の本質価値を見極め、じっくり保有する。この姿勢が、120ドルの貯金を推定1500億ドルとも言われる資産に変えた原動力なのだ。

「早く儲けたい」という気持ちは誰にでもある。だが、11歳のバフェット少年が経験したように、焦りは大きなリターンを逃す最大の敵である。

 まずは自分の中で「投機」と「投資」の境界線を引くこと。それが、本書の伝える最初の一歩だろう。