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沖縄県辺野古沖で小型船が転覆し、研修旅行中だった同志社国際高校の生徒と船長が死亡した。国土交通省と内閣府は、死亡した金井創船長(71)を海上運送法違反の疑いで刑事告発した(5月22日)。亡くなった高校2年生の武石知華さん(17)の遺族は「辺野古ボート転覆事故遺族メモ」というnoteで情報発信を続けている。遺族の許可を得て、全文を転載する。(ダイヤモンド・ライフ編集部)
宮城喜久子氏の講演
2026年5月21日 22:10
過去の資料を読んでいると、記事として書き残しておきたいことがたくさん出てくる。この講演を聞いた生徒、このプログラムに参加した生徒は、どんなことを思って感想を書いたのだろうかと、思いを馳せながら読んでいる。
これは学校の教育としておかしいんじゃないかと思う部分が多々ある中で、私が個人的に本当に心をえぐられながら平和を考える内容もある。その代表となるのが、宮城喜久子氏の講演。
宮城喜久子氏は、元ひめゆり学徒隊に参加した方で、負傷兵の看護にあたった経験を持っている。その当時の壮絶な経験を、優しい言葉や生々しい表現を織り交ぜながら語り、悲惨な戦争体験を生徒に伝えつつ、政治的な思想や発言を極力避け、ありのままを伝えるだけで、生徒は戦争の悲惨さと平和のありがたさを考えざるを得ないという内容となっている。
宮城喜久子氏は2015年2月に逝去している。逝去を嘆き今後の平和教育を憂う言葉が、同志社国際の先生の言葉として文集に複数残っている通り、平和教育の語り部として代えの効かない存在だったことがうかがえる。
一度フラットな視点に立ち返って平和教育を考えるためにも、宮城氏の話の内容を簡単に紹介しておこうと思う。
宮城氏はひめゆり学徒隊に参加している。
13歳、沖縄県立第一高等女学校(ひめゆり学園)に入学。学校は国際通りの一角、安里にあった。入学してから16歳で戦場に行くまでの4年間、友達と何気ない日常を過ごす、普通の学生だった。アメリカの映画に感動し、英語が好きで一生懸命単語を勉強し、図書館で「風と共に去りぬ」を借りて読む。国際通りを友達とおしゃべりしながら通い、本屋やお菓子屋に寄り道する。クラブ活動もやっていた。首里城の守礼の門のそばで写真を撮ったり、鬼ごっこをしたり、昆虫採集をしたり、楽しい日々だったと語っている。







