スタートアップが成功できるか、失敗して消えてしまうか? それを決めるのは、Product Market Fit(PMF:プロダクト・マーケット・フィット/市場で顧客に愛される製品・サービスを作ること)を達成できるかどうかにかかっている。増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』(田所雅之著、ダイヤモンド社)は、起業家の8割が読み、5割が実践する起業本のベストセラー『起業の科学』を9年ぶりに大改訂した最新版。本連載では同書から抜粋して、スタートアップの成長を加速するポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます。

スタートアップとは何を目指す組織なのか?Photo: Adobe Stock

スタートアップとスモールビジネスの違い

 以前ベンチャーキャピタリストとして活動していたとき、毎日のように多くの起業家から連絡が入ってきた。私に話しに来る目的は資金調達したいからだ。

「こんなビジネスモデルで、今、時価総額(バリュエーション)は5億円で、今回7,000万円集めたいので投資を検討してください」と相談を受けた。

 しかし、よくよく話を聞くと、彼らはスタートアップではなくスモールビジネスを展開しているだけというケースがよくある。スタートアップとスモールビジネス。この2つの違いを分かっていない起業家が多い。

 中には「起業=スタートアップ」だと思っている人もいるくらいだが、起業の多くはスモールビジネスであり、スタートアップはその一部にすぎない。スタートアップならではのアイデアを磨くために、スモールビジネスとの違いを見ながら、スタートアップとは何を目指す組織なのかを考えていこう(図表1-2-2)。

違い①成長方法

 従来、スタートアップの理想的な成長曲線はキャッシュ(保有する資金)がいったん右肩下がりに落ち込んだ状態から急浮上(二次関数的、場合によっては三次関数的な角度)を見せる深いJカーブを描くとされてきた。

 一方、スモールビジネスは従来通り、従業員増、商品ラインナップ拡充、店舗拡大などを通じて初期段階から線形的(一次関数的)に徐々に成長していく。そこそこのリターンを着実に得ていくモデルであり、この基本構造に大きな変化は見られない。

 ただ、生成AIの普及により、従来の成長パターン(Jカーブ)は変化しつつある(現在のスタートアップの成長軌道を私は「μ(ミュー)カーブ」と呼んでいる)。

 生成AIを用いたMVP(Minimum Viable Product:ミニマム・バイアブル・プロダクト/実用最小限の製品)の構築、効果的なクリエイティブ制作、顧客インサイトの構造化、マーケティング戦略の最適化など、従来「人の時間×工数」に依存していた重要業務が数十倍高速化された結果、初期の資金減少期間が大幅に短縮され、落ち込みの深度も浅くなった。

 つまり、μ(ミュー)の文字が示すように、谷の部分が短く浅い一方で、その後の急成長は維持されるという、より効率的な成長パターンが実現されつつある(図表1-2-3)。

違い②市場環境

 おそらくこれが最も分かりやすい違いになるが、スモールビジネスは既に存在する市場をターゲットにする。

 一方で、スタートアップが狙う市場は、それがそもそも存在するかどうかさえ確認されておらず、その前段に当たるアイデアの発見・仮説検証から始める必要がある(図表1-2-4)。

 そういった意味でスタートアップはハイリスク・ハイリターンを狙うものであり、肝心なのは、そのリスクをできるだけ減らす(コントロールする)ことにある。また、市場が不確実であるがゆえ、参入のタイミングが重要になる。

 たとえば、おしゃれなカフェを開くなら、いつ開業しようとあまり関係はない。リラックスしながらおいしいコーヒーを飲むことの価値や、カフェというビジネスに求められる要素は、10年前とそれほど変わらないだろうし、今から10年後もさほど変わらないだろう。

 しかし、スポットワーク・スキマバイトのマッチングプラットフォームを展開するTimeeの場合、まさに今、そのスタートアップを手掛けることに意味がある。

 一昔前だったらスマートフォンの普及率や副業に対する社会的受容度、ギグエコノミー(インターネットを通じて短期的・単発的な仕事を請け負う労働形態)の認知度などの外部環境から見てうまくいかなかっただろうし、逆に5年後だと競合プレイヤーが乱立し、市場は既に混み合っているはずだ。

 働き方改革の推進、労働力不足の深刻化、そしてコロナ禍による働き方の多様化(Timeeがスケールしたのはこの時期だ)という複数の社会的変化が重なった瞬間こそが、最適な参入タイミングなのである。

違い③スケール(事業拡大)への姿

 スタートアップは、「スケールすることを運命づけられた取り組み」でもある。スケールとは、ある一定の規模を超えた瞬間に、ネットワーク効果(顧客が増えるほど顧客のメリットが増すこと)や規模の経済性が働き、一気に市場を席巻して二次曲線的に成長する道筋のことである(Meta、TikTok、Airbnb、メルカリ、OpenAIなどを思い描いてほしい)。

 一方、スモールビジネスは既に市場があり、PMFを達成できているものに対して事業展開するので、スケールよりもいかに事業の採算性(ユニットエコノミクス)を高めるかが重視される。そこさえ達成できていれば、生き残りをかけたスケールを行う必要はない(図表1-2-4)。

違い④ステークホルダー

 スタートアップに資金提供するのは、VC(ベンチャーキャピタル)やエンジェル投資家(個人投資家)であり、スモールビジネスに資金提供するのは、銀行や信用金庫などの金融機関だ(ただしスタートアップも、スケールするタイミングで、金融機関から融資を受けるパターンも増えてきた)。

 VCは、出資した額に対するキャピタルゲイン(株式売却益)を求めるので、一気にスケールする可能性を秘めたスタートアップしか相手にしない。金融機関の多くはインカムゲイン(利息)を求めるので、担保や過去の業績をベースにした堅実な収益予測を立てられるビジネスモデルしか相手にしない。

違い⑤対応可能市場

 ラーメン店、バイク便、理髪店のように、商圏が限られているビジネスは、スタートアップではない。フランチャイズモデルを目標にするなら商圏は全国に広がるが、あくまでもプロダクトそのものが、ある商圏内で消費されるのであれば、それはスモールビジネスである(なぜなら、地理的制約が強いと、指数関数的に成長できないからだ)。

 最近は、リアルな店舗を買収して、デジタルやAIを駆使し、効率化を図るロールアップモデルが流行ってきている。GENDA(ジェンダ、アミューズメント機器リースおよび施設運営)やnewmo(ニューモ、タクシーおよびライドシェア運営)などがその事例だ。

違い⑥イノベーションの手法

 Facebookが人々の交友の仕方を変え、スマホが私たちのライフスタイルを変えたように、スタートアップがもたらすイノベーションは、既存市場を覆すディスラプティブ(破壊的)なものであるケースが多い。

 既存市場に対して着実な改良を加えていく持続的イノベーションは、スタートアップが行うべき取り組みではない。私はここでスモールビジネスを否定したいわけではない。大事なポイントは、スタートアップとスモールビジネスは前提が全く違うということだ。

 そもそも、PMFを達成した状態(市場や人が欲しがるものは何かがはっきり分かっている状態)から始まるスモールビジネスは、価値提案やソリューションの型も大部分が既に出来上がっているので、いかに効率よく経営するかがポイントになる。

 つまり、競争優位性を高めるには、ディストリビューション(届け方)、広告、値段や商品の品ぞろえなどがキーになる。ただし、前述のように、既存の市場を既存のやり方で踏襲していくので、非連続に進化するスタートアップに突然市場を奪われるケースが多い。

(本稿は増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2の一部を抜粋・編集したものです)

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。
日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。
2017年、新たにスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。その経験を生かして作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』『「起業参謀」の戦略書』(ダイヤモンド社)など。