スタートアップが成功できるか、失敗して消えてしまうか? それを決めるのは、Product Market Fit(PMF:プロダクト・マーケット・フィット/市場で顧客に愛される製品・サービスを作ること)を達成できるかどうかにかかっている。『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』(田所雅之著、ダイヤモンド社)は、起業家の8割が読み、5割が実践する起業本のベストセラー『起業の科学』を9年ぶりに大改訂した最新版。本連載では同書から抜粋して、スタートアップの成長を加速するポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます。
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生成AIによるマスパーソナライゼーションが
ビジネスにもたらした変化
ビジネスのパラダイムシフトを加速させている決定的な要因は、ビッグデータとスマホの普及に加え、生成AIの台頭によって、ユーザーのサービスに対するロイヤルティループが極端に高速化し、かつ個別最適化されていることにある。
ロイヤルティループとは、下図にあるように「製品を知った人がそれを気に入り、ユーザーとして定着して使い続けてくれるまでの流れを輪のような形で示したもの」だ。
従来のロイヤルティループは、マス向けの画一的な広告を通じて「認知して、興味を持ち、欲しいと感じ、記憶し、購入に至る」という、いわゆるAIDMAモデルだった。
ユーザーは一つのプロダクトやサービスを選ぶために時間をかけて、それを使う価値があるか検証していた。
しかし現在、特にデジタルサービスにおいては、生成AIによるマスパーソナライゼーションの実現により、状況は劇的に変化している。
AIが個々のユーザーの行動データ、嗜好、文脈をリアルタイムで分析し、一人ひとりに最適化されたコンテンツ、レコメンデーション、体験を瞬時に生成できるようになったのだ。
この技術革新により、ロイヤルティループの入り口となるカスタマージャーニーは爆発的に多様化し、個別化された。ユーザーに定着してもらうには、次のような新たなストーリーをどう構築するかが重要である。
気軽に始めながらも、
一人ひとりに最適化された価値提案をする
AIが生成する個別最適化されたコンテンツでユーザーに価値を即座に提供し、パーソナライズされた体験を通じてユーザー起点の口コミを誘発し、継続的な個別接点を創出し、ユーザーのマインドシェアを獲得しながら、サービスへの深い定着を実現する。
その結果としてLTV(ライフタイムバリュー/顧客生涯価値)を最大化できるという流れだ。
「最初の1ヶ月は無料」というフリーミアムモデルに加え、生成AIによる「初回体験の個別最適化」が新たなスタンダードとなった。
AIがユーザーの初期行動から嗜好を瞬時に学習し、パーソナライズされたオンボーディング体験(導入体験)を提供する。
気軽に始めながらも、一人ひとりに最適化された価値提案を受け、使っていく中でユーザーがそのサービスに深く定着する(他の代替案を捨てる)という革新的なロイヤルティループが生まれている(図表1-1-9)。
新進気鋭のアパレルスタートアップの仕掛け
SHEIN(シーイン)をご存じだろうか。未上場ながら時価総額が10兆円近い、新進気鋭のアパレルスタートアップだ(中国・南京で設立、現在の本社はシンガポール)。
かつてのファッション業界では、シーズンごとに大量生産した商品を百貨店や専門店に配置し、雑誌広告やテレビCMといった4マスメディアを使って画一的な認知施策を行っていた。
商品企画から店頭に並ぶまで数ヶ月を要し、消費者の反応を見てからの軌道修正は困難だった。
しかし、SHEINでは、300以上のサプライヤーすべてが一つのクラウドソフトウェアシステムで接続され、C2M(Consumer to Manufacture:コンシューマー・トゥ・マニュファクチャー/消費者直結型製造)モデルを実現している。
AIが個々のユーザーのクリック行動、購買履歴、検索パターンをリアルタイムで分析し、年齢層や地域まで含めた現在のファッショントレンドを瞬時に把握する。
たとえば、特定のデザインや色の商品への関心が高まると、AIアルゴリズムが即座にクリック数と売上高データを取得し、必要に応じて生産量を自動調整する。
継続的に使用する顧客との個別化された接点を持つC2Mモデルの利点は、ユーザーの囲い込みだけでなく、リアルタイムでの超高精度フィードバック収集にある。
AIがユーザーの行動データから嗜好の変化を瞬時に検知し、それに基づいて商品ラインナップを絶えず自動最適化する。
同時に、類似する属性のユーザーに対し、より精度の高い商品推薦を行うことで、ファンの量と質(高いLTV、低い離脱率)を飛躍的に向上させることができるという仕組みだ(図表1-1-10)。
生成AI時代における新たなロイヤルティループは、単なる高速化を超えて、一人ひとりのユーザーに対する深度のある個別最適化と、リアルタイムでの需要・供給連動により、従来とは次元の異なる顧客体験を実現しているのである。
ただ、一方で、あまりにも廃棄ロスが出るために一部では環境汚染に寄与していると批判されている。
(本稿は『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。
日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。
2017年、新たにスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。その経験を生かして作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』『「起業参謀」の戦略書』(ダイヤモンド社)など。






