倉澤千巌裁判官は、証拠として提出された車載カメラの映像に、バスが大きく揺れたためTさんが吊り革をつかんでいた左手が映っていないわずかな時間があったことを理由に、「車載カメラの死角に入った瞬間、女子高生に触った可能性がある」としたのです。
揺れるバスの車内で吊り革につかまらず、右手で携帯電話を操作しながら、左手で痴漢行為をすることについては、「容易とは言えないけれども、不可能とか著しく困難とまでは言えない」と認定しました。
「那須補足意見」が出てもなお、このような不合理な「可能性」だけで有罪判決を下す裁判官がいることに、驚きを禁じ得ません。
Tさんは当然、控訴しました。弁護団は、一審で車載カメラ映像を鑑定したH教授(映像解析の専門家)に、映像を鮮明化処理したうえでの再鑑定を依頼。
H教授は、「一審段階で不明とされた時間帯にも、Tさんの左手は吊り革をつかんでいたことが確認できる」「バスが揺れている時にTさんのリュックが女子高生に当たっている」との結果を出し、法廷で二度証言しました。
控訴審判決は14年7月15日にありました。東京高裁(河合健司裁判長)は、再鑑定結果の信用性を認め、「左手で痴漢行為をしたとは認めがたい」と判断し、一審判決の認定を、「不合理」「論理の飛躍がある」「明らかな事実の誤認がある」などと全面的に批判して破棄。
誰でも犯罪者にしてしまえる
「有罪推定」に警鐘を鳴らす
「女子高生がリュックの接触を痴漢行為と勘違いした疑いがある」とするTさんの主張を採用し、無罪判決を下しました。
検察は上告せず、Tさんの無罪が確定。Tさんは次のように語っています。
「自分が被害者だと思い込んでしまったために、他人の人生をむちゃくちゃにしてしまったという重荷を背負うことになった女子高生も気の毒です。警察、検察、裁判所にはちゃんと正しい判断をしてもらいたい。誰が読んでも納得できる理路整然とした判決を出せる裁判官が広がって、私のような思いをしない人が増えてほしい」
三鷹バス痴漢冤罪事件のように、リュックや鞄などの接触を痴漢と勘違いしてしまうのは、ある程度はしかたのないことかもしれません。
『おどろきの刑事司法 “犯罪者”の作り方』(村木厚子、講談社)
しかし、被害を申告した人の証言を鵜呑みにし、それと食い違うことを被告人が言うと「信用性がない」として、事実誤認の有罪判決を出す裁判官がいることは重大な問題です。
このことからも、「検察が起訴しているから間違いないだろう」と思っている裁判官が多いことは容易に想像がつきます。
ことに痴漢事件の場合、有罪の理由に「被害者が嘘をついてまで被告人をあえて罪に陥れる理由はない」といった文言を相変わらず多用しているところを見ると、明らかに「有罪推定」なのだと思います。
やったという確証がない限り有罪にできないはずなのに、三鷹バス痴漢冤罪事件の一審判決のように、「可能性」で有罪にしてしまう。やっていない可能性が高いということで無罪になるというならわかりますが、「やった可能性があるから有罪」というのでは、誰でも有罪にできてしまいます。







