刑事裁判の原則を逸脱した
判決が多い痴漢事件
判決は3対2という僅差での無罪でしたが、Nさんが一貫して犯行を否認していること、有罪を裏付けるのは被害を訴えている女子高生の供述のみであること、彼女の供述には不自然な点があり信用性に疑いの余地があることなどを挙げ、Nさんの犯行とするには合理的な疑い(通常人なら誰でもが抱く疑問)が残るとされました。
一、二審の判断について「必要とされる慎重さを欠く」と指摘した、明解な判決でした。
この最高裁判決で特筆すべき点は、弁護士出身の那須弘平裁判官が、次のような補足意見を述べたことです。
「冤罪で国民を処罰するのは国家による人権侵害の最たるものであり、これを防止することは刑事裁判における最重要課題の1つである。刑事裁判の鉄則ともいわれる『疑わしきは被告人の利益に』の原則も、有罪判断に必要とされる『合理的な疑いを超えた証明』の基準の理論も、突き詰めれば冤罪防止のためのものであると考えられる」
「痴漢事件について冤罪が争われている場合に、被害者とされる女性の公判での供述内容について、『詳細かつ具体的』『迫真的』『不自然・不合理な点がない』などという一般的・抽象的な理由により信用性を肯定して有罪の根拠とする例は、公表された痴漢事件関係判決例をみただけでも少なくなく(中略)、被害者女性の供述がそのようなものであっても、他にその供述を補強する証拠がない場合について有罪の判断をすることは、『合理的な疑いを超えた証明』に関する基準の理論との関係で、慎重な検討が必要であると考える」
つまり、当時の痴漢事件の裁判には、「疑わしきは被告人の利益に」「合理的な疑いを超えた証明」(常識に照らして、被告人が罪を犯したことに疑問の余地がいっさいなくなるほどの有罪立証)という刑事裁判の原則を逸脱した判決が、かなりあったということです。
警察と検察の横暴が露呈した
「三鷹バス痴漢冤罪事件」
こうした裁判の在り方に、那須さんは警鐘を鳴らし、これらの原則は当然ながら痴漢事件にも当てはまることを明確に述べたのでした。







