コロナ禍や高齢化により
名店が消えていく現実

 それからというもの、金沢出張のとき年に1、2回はこの雑居ビルの町中華に通うようになった。いつでもどんなときでも食べられる天和のほっとするラーメンの味が大好きになった。

 来るたびに、僕はこの雑居ビルが取り壊されていないか、心配で仕方がない。というのも、僕が心惹かれる飲食店は、地元の小さな個人経営の店が少なくない。

 コロナ禍の影響や店主の高齢化などに伴って店仕舞いしてしまうことが最近本当によくあるのだ。

 天和からそう遠くはない同じ町内にあったヤッホー茶漬けの店(お茶漬け店「志な野」)は、残念ながら2020年10月に閉店してしまった。ここも知り合いに教えてもらって行ってみてお気に入りになったのだ。

 名前の通りお茶漬けがメインという変わった店なのだが、それ以上に店の慣例が型破りだった。お茶漬けができたら店主のおじさんが「ヤッホー」と言うので、それに応じて客も「ヤッホー」と言い返さないと怒られるという、なんとも愉快な店だった。

 秘伝の出汁と梅干しやシャケの具材が、飲んだ後の胃袋にしみわたった。何度「ヤッホー」と言っただろうか。金沢でもう、あの「ヤッホー」の掛け合いができなくなってしまった。歴史のある小さな名店がなくなるのは、本当に寂しいものだ。

『うまい旅 笠原将弘のあちこち出張日記』書影うまい旅 笠原将弘のあちこち出張日記』(笠原将弘、光文社)

 だからこそ、天和にはまだまだ頑張ってほしい。

 雑居ビルがあることを確認して、階段を登り、店の看板を確認するまでは気が気でない。まるで年老いた実家の父と母を訪ねるような気分で、僕はいつも天和にでかけていく。扉の先にあの真面目そうな大将と女将さんが見えると、心からほっとするのだ。

 お父さん、お母さん、どうか長生きしてください。

 そして、優しい味のラーメンをいつまでも作り続けてください。

 いつもそう心でつぶやきながら、ラーメン、餃子1人前、そして瓶ビールを注文している。