《稲盛さんの“実践”例を一つご紹介しましょう。あるとき、稲盛さんがサッカー選手のラモス(瑠偉、元サッカー日本代表)さんを食事に誘ったのですが、訪れたのは牛丼の吉野家だった。最初はそれぞれ『並・ツユだく』を食べ、その後『牛皿』1皿を追加して2人で食べた。一つずつ食べていくと最後の一切れが残る。稲盛さんは『どうぞどうぞ、お食べください』と勧めるわけです。そこまで言われたら、相手は食べますよ。残った一切れを自分にくれたことに恐縮しながら》

同じ皿から食事を分け合う行為が協力関係を強める

 吉野家でゲストをもてなす選択は、単なる費用の削減目的ではない。発生するコストを最小限に抑えつつ、相手に深い印象と親近感を与えるという、事業運営の要諦を見事に体現している。

 高価な料亭の個室で豪華な食事を振る舞うよりも、簡素なカウンターに肩を並べて座り、同じ皿を分け合う経験の方が、互いの心理的な距離を劇的に縮める場合がある。

 心理学の領域でも、同じ皿から食事を分け合う行為が協力関係を強めることが証明されている。

 シカゴ大学のケイトリン・ウーリー氏とアイエレット・フィッシュバック氏が2019年に発表した論文『Consuming From a Shared Plate Promotes Cooperation(同じ皿からの食事が協力を促進する)』を引用する。

《共有の皿(たとえば中華料理形式の食事)から食べる人々は、個別の皿から食べる人々よりも、社会的ジレンマや交渉においてより協力的に振る舞った。具体的には、単一の皿から食べ物を共有することは食事客の間で認識される調整(協調性)を増加させ、その結果、同じ食べ物を個別の皿から食べる個人と比較して、互いに対してより協力的で、競争的になりにくい行動をとるよう導いた》

 1つの牛皿を分け合い、最後の1切れを笑顔で譲り合う――。この行為が、言葉を超えた強い絆として相手の心に響く。

 一方で、巨万の富を築きながらも、日常の食事に変わらぬ価値を見出す姿勢は、世界の成功者に共通する。