高級レストランではなく、簡素な食事で心の壁を取り払う

 稲盛氏が吉野家を愛し、吉野家を接待の場として選んだ背景には、無駄を排する質実剛健な思想があっただろう。それと共に、高価な食事がもたらす満足には明らかな限界があるという、実際的な理解があったに違いない。

 リーダーシップとは、他者の上に立つことではなく、他者と共に歩むことである。

 牛皿を分け合うという小さな行為は、共に生きるという壮大な哲学の縮図であった。稲盛氏は、従業員や取引先を単なる利益を生み出すための道具として扱うことを何よりも嫌った。全員が運命共同体であり、苦楽を共にする仲間であるという強い信念が、常に胸の奥底に存在していた。

 だからこそ、相手が著名なスポーツ選手であっても、あるいは未来を担う若い社員であっても、等しく吉野家のカウンターへ招き入れ、同じ目線で言葉を交わした。立場や肩書きという不要な鎧を脱ぎ捨て、1人の人間として向かい合う。

 高級レストランのシャンパンでは決して引き出すことのできない、素朴で力強い人間関係の構築が、吉野家の店内ではごく自然に行われていた。

 稲盛氏は、京セラの工場に「コンパ」と呼ばれる、役職や年齢に関わらず全員が車座になって酒を酌み交わすことを強く推奨した。根底にあるのは、共同体意識である。

 高級料理を静かな個室で個別に供される場ではなく、庶民的な空間で、時には1つのおかずを分け合いながら熱く語り合う。物理的な食事の簡素さが、かえって参加者の心の壁を取り払い、組織の強固な結束を生み出す。同じ目線で、同じものを食べる。極めて単純な行為の中に、組織を動かす強力な原動力が隠されている。

 どれほどの成功を収めようとも、行き着く先は、豪華絢爛な生活の果てにある孤独ではない。気心の知れた誰かと分け合う一片の肉であり、いつ食べても変わらぬ味に安堵する喜びである。

 稲盛氏が吉野家を愛した理由は、経営における厳格な合理性の追求であると同時に、1人の人間としての純粋な充足を忘れないための、生涯を通じた確固たる規律であったのかもしれない。

なぜ稲盛和夫は吉野家を「接待の場」に使ったのか?牛皿を注文した深いワケ