すさまじいスピードで進化し、社会を変えていくAI。独裁的な政治家によって破壊されつつある平和と民主主義。これらを目の当たりにした人の多くは、今の世界に「混乱の極み」を感じているはずです。しかし、マッキンゼー勤務ののち、ソフトバンクの孫正義社長のもとで長らくその未来構想力を見続けてきた安川新一郎氏は、次のように断言します。
「今という時代が変動的(Volatile)で、不確実(Uncertain)で、複雑(Complex)で、曖昧(Ambiguous)なVUCAに見えるのだとしたら、それは【これから何が起きるかを思考するための具体的な技法】を持っていないからなのです」

本連載は、その「具体的な技法」を伝える書籍、『未来思考2045』の一部を修正して公開するものです。では、始めましょう!

混乱する世界Photo: Adobe Stock

20年で一変した世界

 世界は今、大転換期を迎えています。

 米国という世界最強の民主主義国家が、建国以来自らが作りあげた民主主義と第二次世界大戦後の国際秩序を解体しつつあります。大国が「力による正義」で世界を支配しようとする帝国主義に逆行し、世界各国がその影響を受けています。一つの戦争が終結する前に新たな戦争が始まり、その戦争は民間企業が提供する高性能AIを搭載した監視暗殺効率化SaaSによって遂行されます。

 200年にも及ぶ近代化の過程で作りあげてきた、立憲主義、国民主権、三権分立、基本的人権などの民主主義のルールは必ずしも盤石ではなくなり、国王(CEO)のように振る舞う権力者が、世界中の大衆(マス)の支持を集めています。

 グローバル経済は、巨大な格差と貧困を生み出し、政治的動機から発せられた関税や輸出入規制によって、自由で開かれた資本主義も国家主義的な様相を帯びてきています。

 世界各国で「信頼」がどう変化しているのかを調べる毎年恒例の信頼度指数は、25年間下がり続け、7割の人が思想や政治信条の異なる人を信頼しない、そして同じく7割の人が未来は今より悪くなると考えています(2026年版エデルマン・トラスト・バロメーター調査)。

 世界における日本の立ち位置も、この20年の間にすっかり変わってしまいました。

 2005年にはスマホはまだなく、日本のガラケーは世界で最も進んだ携帯端末でした。SNSはごく一部の人の遊びで、人々はニュースをテレビから得ていました。中国のGDPは日本の半分に過ぎず、日本は世界から先端技術を持つ経済大国と見なされていました。

 2026年の現在、世界人口の54%、約43億人がスマホを所有し、少なくとも毎週9億人近い人がGPTを日常的に利用しています(Chat GPT週間アクティブユーザー数)。SNSは、政治リーダー、企業、著名人が日々発信をする基盤となり、多くの人々は動画サイトから情報を得ています。中国のGDPは日本の5倍にのぼり、日本のGDPや全上場企業の時価総額は、米国の時価総額上位2社(マイクロソフトとエヌビディア)の合計に軽く抜かれています。

 歴史を振り返ると、このように20年で世界が一変したことは何度かありました。

 たとえば、1895年から1915年の20年です。1895年から1900年の間に、大衆娯楽とメディアの夜明けを感じさせる映画が誕生しました。国際交流・平和の象徴として近代オリンピックの第1回アテネ大会が開催され(1896年)、科学技術と産業革命の成果としてパリ万博が開催されました(1900年)。1901年には第1回ノーベル賞が授与されています。

 人類は科学技術の進歩による経済発展、都市化の進展、消費文化の誕生を経て、飢餓も戦争も克服したベル・エポック(美しき時代)に突入した―と人々は信じていたのです。

 しかし、1914年に第一次世界大戦が勃発し、その科学技術は戦車、戦闘機、機関銃、毒ガスとなり、人類史上初の「総力戦」で何百万人もの人々が命を落とす地獄の時代を迎えました。

 日本でも、1920年から1940年のわずか20年の間で歴史は暗転しました。

 1920年当時は、第一次世界大戦の戦勝国として世界五大国の一角を占め、国際連盟の常任理事国として国際協調路線を歩んでいました。国内では政党政治と大正デモクラシーが始まり、後にモダンガール(*)と称される洋装の女性が銀座を歩く自由で豊かな国でした。

*大正末期から昭和初期(1920年代後半~30年代)の日本の都市部で流行した、洋装・断髪・享楽的なライフスタイルを持つ自立した女性の総称です。

 しかし1940年までの20年の間に、満州事変を経て国際連盟を脱退することになり、世界から孤立し、そして5・15事件、2・26事件のあとは軍部の影響力が強まり国家主義と総動員体制が社会を覆い尽くします。そして泥沼の日中戦争が全面化し、翌年の太平洋戦争へと突き進んでいきました。

 もちろん、大転換期に起きるのは悪い変化ばかりではありません。

 1865年の頃の日本は、まだ髷(まげ)を結い、刀を差し、藩という小国に分かれ、移動の自由さえなかった封建社会でした。その後、明治維新を経て、20年後の1885年のころには鉄道が走り、郵便制度が整い、義務教育が始まり、内閣制度が誕生するなど、近代国家の体制を見事に整えていたのです。

 そして、いつの時代もその時代の変化を巧みに捉えて大成功する人がいます。

 福澤諭吉は、1865年の時点では中津藩出身の一介の蘭学者に過ぎませんでした。しかし、周囲の武士たちが、陰惨なテロと暴力で世の中を変えようとしているときに、次の時代は、「刀ではなく『ペン(知識)』と『商才(経済)』が支配する」と予見していました。そして、来たるべき未来に向けて『西洋事情』を著し、私塾(後の慶應義塾大学)での次世代教育に全精力を注いでいたのです。

 1885年には、福澤は近代国家日本を代表する啓蒙思想家、教育者として絶大な社会的地位と経済的成功を手にしていました。

今の世界はVUCAではない

 このような大転換期、特に現在の状況を「VUCA」と呼ぶ人がいます。変動的(Volatile)で、不確実(Uncertain)で、複雑(Complex)で、曖昧(Ambiguous)な時代だというのです。

 しかし私は、「今の世界はVUCAではない」と考えます。

「Volatility(変動性)」「Complexity(複雑性)」が増していることに異論はありませんが、大きな構造体(システム)としての世界の予見可能性はむしろ高まっており、「Uncertainty(不確実性)」と「Ambiguity(曖昧性)」は増していないと思うからです。

 もし多くの人にとって、「Uncertainty(不確実性)」と「Ambiguity(曖昧性)」が増しているように感じられるなら、それは、「これから何が起きるかを思考するための具体的な技法」を持っていないからです。

 本書はその具体的な技法である「未来思考」を伝えるためにまとめたものです。

 私はこれまで、マッキンゼーの戦略コンサルタントとして、ソフトバンクグループの社長室長や執行役員として、デジタル情報革命によって社会を変える仕事に携わってきました。現在は、東京大学の未来ビジョン研究センターに所属しながら、企業と共に未来ビジョンの策定をおこなう会社を経営しています。これまでのキャリアを通じて未来について思考し続けてきたといえるでしょう。

 未来思考は、未来を遠い夢の国のユートピアのように想像する「未来予測」ではありません。これまでの歩み(歴史)と今いる場所(現在)、そして今後の目的地とそのルート(未来)をつなげ、実際に地図とコンパスを使って考えるのが「未来思考」です。

『未来思考2045』の構成

 本書の第1部「未来思考とは」では、未来に向かう地図の読み方――未来予測と未来思考の違いや、歴史、予兆、構造などから未来を予見する5つの技法について解説します。

 第2部「今、何が起きているのか?」では、まず地図上の「現在地」を確認します。これまで私たちがたどってきたルートを振り返ったうえで、起きていることとその原因をさまざまな角度から構造的に検証します。1つの構造体(システム)として統合に向かいながらも、その主体(アクター)と権力(パワーソース)が分散していく世界の構造を明らかにします。そして、その世界に生きる「人々の引き裂かれた意識」の構造についても解説します。

 第3部「2045年までに何が起きるのか?」では、地図にもとづいて、現在地から目的地までに起きうる状況を読み解いていきます。具体的には、テクノロジー・政治・経済・社会・地政学・人口動態・文明・人類学・地球環境の視点から今後「起きうる」ことについて考察していきます。

 そして最後に、これまでの地図にコンパスを加えて、目的地に向けて複数ルートのどの方向がよいかを考えます。未来に向けた4つのシナリオと、それをリードするいくつかのタイプのエリートを提示し解説します。

 これからの世界がさらに大きく変わることは間違いありません。将来の不安に慄き、現状に不満を募らせるのではなく、「1枚の地図とコンパス」を手に、置かれた状況と今後の変化、そして選ぶべきルートについて思考し、行動する者だけが、生き延び目的地にたどり着くことができるのです。読者の皆さんには、本書を通じてそのことを実感していただきたいと思います。