子どもに幸せになってほしい。子どもにいい学校に入って、いい成績を取って、いい大学、いい就職をしてほしい――でも、それは本当に子どもにとって幸せなのだろうか? 書籍『私たちはなぜ「やるべきこと」をやれないのか、「やめたいこと」をやめられないのか』(キム・ソクチェ著/岡崎暢子訳)では、神経内科専門医として脳科学分野の第一線で活躍する著者が、「自分の感情や欲望に振り回されずに生きる方法」を、脳科学・心理学・哲学の視点から解説。子育てに関する章では、親の理想を押しつけずに、子どもの成長を見守る方法を紹介している。本書の発売を記念してライターの照宮遼子氏に寄稿いただいた。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)
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「呪い」のように繰り返された母の口ぐせ
「いい大学に入って、いい会社に入って、いい人と結婚しなさい」
それが、母の口ぐせだった。
そして、私自身も疑問を持つこともなく、そういうものだと思って生きてきた。
ただ、言われるたびに、どこか息が詰まる感覚はあった。けれど、それが何なのかはうまく言葉にできなかった。
30歳を過ぎたころ、結婚しろと言われることが急に増えた。
「じゃあ、フリーターの人でもいいの?」
と、少し意地悪く聞いてみたが、「それはだめ」と返された。
私が好きな相手なら、それでいいのではないか。
そこまで踏み込まれることに、少し戸惑った。
娘に苦労してほしくない、という気持ちなのだろう。
それでも、どこか親の体裁のためにも思えた。
ワースト1:「あなたのため」が「自分のため」にすり替わっている
神経内科専門医として脳科学分野の第一線で活躍するキム・ソクチェ氏は、著書『私たちはなぜ「やるべきこと」をやれないのか、「やめたいこと」をやめられないのか』でこう述べている。
子どもの成績や進路は、親のプライドと直結しやすい。
「あなたのため」という言葉が、いつの間にか「親である私のため」であったり、「世間体のため」にすり替わっていることもある。
もちろん親は心から子どものことを思っている。
むしろ愛情があるからこそ、踏み込んでくる。
それが厄介で、受け取る側も簡単には怒れない。
怒れないまま、ただ違和感を抱え続けることになる。
そして、その違和感の正体がわかったところで、親への感情が整理されるわけでも、関係が変わるわけでもない。
子どもは「親の延長」ではない
ある女友だちの話を聞いたとき、同じ構造だと思った。
彼女の旦那さんは、彼女の親との同居を選び、やがて子どもも生まれた。
それでも母親からは「婿の稼ぎが」という言葉が出てくるという。
傍から見れば、十分すぎるほど恵まれた環境なのに、一体何を求めているのだろう。
友人の母も私の母も、きっと同じだ。
娘の幸せを願っての言葉だったのだろう。
母親にもっと「私の気持ち」を聞いてほしかった
そういえば、私は母から「私にとっての幸せ」を一度も聞かれたことがない。
どんな人生なら満足なのか。
何が好きで、何をしたいのか。
そう問いかけられることもなく、「私の気持ち」はいつも置き去りにされてきた気がする。
そして気づけば、何を基準にして生きればいいのか、わからなくなっていた。
「子どもの気持ち」にもっと心を寄せて
子どもは、親の延長ではない。本書は、そんな当たり前を改めて教えてくれる。
その上で、子どもにどう接すればいいかの方法をこう指南してくれている。
子を持つ親であれば、子どもに「あなたのために」と言いそうになったとき、一度立ち止まってみてもいいかもしれない。
「子どもの気持ち」を決めつけるのではなく、子ども本人に聞いてみる。
それだけでも、親子関係のあり方は少し変わってくるだろう。
(本稿は『私たちはなぜ「やるべきこと」をやれないのか、「やめたいこと」をやめられないのか』に関する特別投稿です)









