「部下の言動に思わずカチンとする」「部下の要領を得ない話にイライラする」……日々湧き上がってくる、こうしたネガティブ感情を抑えるために多くのエネルギーを費やしているリーダーは多いのではないでしょうか? しかし、実は、「感情を抑えなければならない」という思い込みこそが、リーダーを消耗させているのです。では、リーダーは、感情にどう向き合えばいいのか? この記事では、『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』の著者・櫻本真理さんに、リーダーの「感情マネジメント」のコツを伝授していただきます。
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感情を「抑えれば抑えるほど」漏れていく
リーダー向けのトレーニングをしていると、「感情のマネジメントが課題です」という声を本当によく耳にします。
話を伺うと、多くの方が共通して同じ努力をされています。「カチンときても表に出さないようにする」「イライラを飲み込む」「気持ちを切り替える」――つまり、感情を抑え込むという方向の努力です。
もちろん、リーダーが感情をそのままチームにぶつけてしまえば、メンバーの心理的リソース(「面倒くさいけど、やるぞ!」と奮起する心のエネルギー)はたちまち消耗してしまいます。だから「抑える」という発想自体は、責任感の表れでもあります。
ただ、ここに大きな落とし穴があります。
感情というのは、抑えれば抑えるほどなくなるものではなく、別の場所で漏れていく性質をもっているのです。表情のわずかな硬さ、声のトーン、メールの句読点の打ち方、1on1での沈黙の長さ――。本人が「うまく抑えた」と思っていても、メンバーの側はきちんと察知しています。そして、察知したメンバーは「機嫌をうかがう」という形で心理的リソースを消費しはじめます。
つまり、抑える努力をすればするほど、リーダー自身もメンバーもリソースを消耗するという、誰も得をしない構造ができ上がってしまうのです。
たった一つ、手放すべき思い込み
ですから、感情のマネジメントに悩むリーダーに、まず手放してほしい思い込みがあります。
それは、「リーダーは感情をコントロールできなければならない」という思い込みです。
「コントロール」という言葉には、感情を「自分の意志でオン・オフできる対象」として扱うニュアンスがあります。しかし、感情はそもそも、意志でオン・オフできるものではありません。脳科学的に言えば、感情は前頭前野の意思決定よりも先に、扁桃体などの古い脳の領域で立ち上がっています。「感じる」ことそのものを、私たちは選べないのです。
選べないものをコントロールしようとすれば、当然うまくいきません。うまくいかないと、リーダーは「自分はマネージャーとして未熟だ」と自分を責めはじめます。この自責こそが、リーダー自身の心理的リソースを大きく削っていく一因です。
「感情に振り回されてしまう」と悩んでいるリーダーの多くは、感情そのものに振り回されているというより、「感情をコントロールできない自分」という幻想(妄想)に振り回されているのです。
感情は、コントロールする対象ではなく「観察する対象」
では、どうすればいいのか。
答えはとてもシンプルで、感情を「コントロールする対象」から「観察する対象」へと扱い方を変えることです。
たとえば、メンバーの一言にカチンときた瞬間に、「カチンときた」とだけ心の中で言葉にしてみる。これだけです。
たったこれだけのことで、何が起きるのか。
感情を「観察する対象」として扱った瞬間、私たちの脳の中では、感情が立ち上がっている回路と、それを眺めている回路とが分かれます。心理学では、これを脱フュージョン(defusion)と呼んだりします。感情に「自分が乗っ取られている」状態から、感情を「自分の中で起きている現象として見ている」状態へと、視点が一段上がるのです。
これによって、行動の質を大きく変わります。
「カチンときた」を観察できているリーダーは、その感情を抱えたまま、次の行動を冷静に選ぶことができます。「いま、自分はこの一言にカチンときている。でも、ここで強く言い返したら、明日のミーティングに響くな」――こうした思考が走るための“余白”が生まれるのです。
逆に、感情を抑え込もうとしているリーダーは、抑え込むこと自体に心理的リソースを使い切ってしまい、肝心の「次の行動を選ぶ」というところに、もうリソースが残っていません。だから、結局は反射的に不機嫌な顔をしてしまったり、メンバーに当たってしまったりするのです。
「3秒ラベリング」――今日から始められる一つの習慣
「観察する対象として感情を扱う」と言われても、急にできるようになるわけではありません。そこで、リーダー研修の場でいつもおすすめしているのが、「感情ラベリング」という習慣です。
やり方は簡単です。感情が動いたな、と気づいた瞬間に、心の中で3秒だけ、その感情に名前をつける――それだけです。
「いま、ムッとした」
「いま、焦っている」
「いま、不安になっている」
「いま、誰かに認められたいと思っている」
正確に当てなくても構いません。「なんかザワッとした」でも十分です。大切なのは、「感情が動いた」ということに気づき、それを言葉に置き換えるという、その思考そのものです。
この習慣を続けていると、不思議なことに、感情に飲み込まれる時間が少しずつ短くなっていきます。なぜなら、ラベリングするためには、感情の外側に一瞬立つ必要があるからです。その「外側に立つ」感覚が、脳の使い方として習慣化されていきます。
そして、もう一つ大事なことがあります。感情ラベリングは、「感情を消すための技」ではないということです。ムッとした気持ちは、ラベリングしてもしばらくそこに残っています。残っていていいのです。残っていることに気づきながら、それでも次の行動を選べる――それが、感情と上手に付き合えているリーダーの状態です。それを面白がれるようになると、さらに良いですね。
感情との付き合い方は、最大の「心理的リソース投資」
リーダーの感情のマネジメントは、リーダー自身の問題のように見えて、実はチーム全体の心理的リソースに直結する課題です。
リーダーが感情を抑え込もうとしてエネルギーをすり減らせば、観察力が落ち、メンバーの「頭・心・体」のサインを拾えなくなります。逆に、感情を観察できているリーダーは、自分の状態にもメンバーの状態にも、同じ姿勢で目を向けることができます。
「感情をコントロールしなければ」という思い込みを手放し、「感情を観察する」という新しい習慣を一つだけ持ち込む。それだけで、リーダー自身の心理的リソースは大きく回復しはじめますし、その回復は必ずチームにも波及していくはずです。
「最近、ちょっと感情に振り回されているかもしれない」と感じているリーダーは、ぜひ今日からは感情をコントロールしようとすることをやめて、自分の中で動いた感情に、名前をつけてみるところから始めてみてください。
(心理的リソースについては、『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』で詳しく解説されています)
株式会社コーチェット 代表取締役
2005年に京都大学教育学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券、ゴールドマン・サックス証券(株式アナリスト)を経て、2014年にオンラインカウンセリングサービスを提供する株式会社cotree、2020年にリーダー向けメンタルヘルスとチームマネジメント力トレーニングを提供する株式会社コーチェットを設立。2022年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞。文部科学省アントレプレナーシップ推進大使。経営する会社を通じて10万人以上にカウンセリング・コーチング・トレーニングを提供し、270社以上のチームづくりに携わってきた。エグゼクティブコーチ、システムコーチ(ORSCC)。自身の経営経験から生まれる視点と、カウンセリング/コーチング両面でのアプローチが強み。









