
聞く芝居が抜群にうまい仲間由紀恵
久しぶりに出てきた女の人生双六。
千佳子の病室、りんは、小上がりの和室になっているところで双六を広げ、千佳子と遊ぶ。りんはまっすぐ正座。千佳子はりんの方に体を傾けて横座り。なんだかすっかりりんに気をゆるしているように見える。
「夫定め」にコマをすすめたりんは、自分の身の上(離婚して、娘を育てている)を千佳子に話す。その話を聞く芝居が抜群にうまい仲間由紀恵。高貴な役が似合う俳優だが、演技の質としては、相手役に合わせるのが巧い俳優だ。聞き上手でリアクションが適切なのだ。
「私の幼い頃は上がりは奥様でしたの」
「私のもです」
無理して相手に合わせるのではなく、自然に気持ちを重ねていくふたり。千佳子は自然に自分語りを始める。
明治維新前だった祝言の日のことを思い出す。りんとは違って千佳子は伴侶に恵まれていた。恥ずかしくて何も話せない千佳子に、夫(谷田歩)は「空がきれいですね」と話しかけてくれた。
「私、空をきれいだという人が夫でよかったと思った」
鳥のさえずり。ちゃんと正座する千佳子。
「人って思っているより変わらないものよ」
千佳子は自身の変化をおそれていることを素直に語る。若かった自分が肉体的にはおばさんになっていく。病気もその変化のひとつだ。それでも気持ちは変わらない。
「大人のふりが、おばさんのふりがうまくなるだけで…」
「奥様になって何年もたつのに、こんな年になっても私、私…悲しいの。胸がなくなるのが。胸のない私で夫の隣にいるのが、悲しくて、恥ずかしくて」
ここで「庭の千草」が流れる。その恥ずかしい言葉にすることもできなくて苦しんでいた。
「死にたくない、生きたいと思うことは恥ずかしいことではありません」とりんは、千佳子の背中をそっとさする。
千佳子が、夫の前で診察してもらうことに戸惑いを覚えたのは、単なる男女差というものではない。愛する夫や子どもの前で変わってしまった自分をあからさまにされることへの不安、そして、自分を変えて、もしかして死に導くかもしれない病に対する率直なおそれであったのだ。
武家の人間として忍耐することを教育されてきてしまったから、自分の弱さを他者に話せず、苦しんでいた。
りんは、千佳子のふたをしていた心にアクセスできたのだ。
看護の真髄と、ドラマの視聴者が思いもかけなかった登場人物の心理描写には親和性がある。ここをしっかり掘り下げていくことにこそ、このドラマの存在意義を見た。








