英語はあっという間に私たちよりも流暢になり、インドネシア語の日常会話も困らず、親から見ても羨ましいくらいでした。家での会話は日本語で、長女も知華も当時、嵐が大好きな女の子。嵐が初めてインドネシアに来た時には、ホテルで出待ちまでして、結局肩透かしで半泣きしていました。
ジャカルタではセキュリティに囲まれたエリアであっても子供だけで歩くことは危険なので、どこに行くにも親は必ず一緒です。学校の送り迎え、友達と遊ぶ時、買い物、マンションのエレベーターやショッピングモールのトイレも常に一緒。親子喧嘩の後も一緒。海外で子育てをされた経験のある方には概ね共感いただけるかと思いますが、親も子もそれなりに大変な反面、たくさんの時間を親子4人で過ごせてきたと思っています。
2019年末、長女は「日本のJKになりたい」とのことで、日本の高校を受験することに。親元から離れることが心配でしたが、同志社国際高校は、帰国生受け入れ校、大学附属の高校で敷地内に女子寮があること、自由な校風、英語力が伸ばせる環境と、これ以上ないほど魅力的で、受験を決意しました。無事合格し、2020年の4月に入学しました。
ところがコロナが蔓延し、長女を一人日本に置いておける状況ではなくなり、私はインドネシアに残り、妻と知華は日本に帰国。地元の公立小学校で1年間学びました。姉の通う同志社国際の中等部への入学を希望し、英検準1級取得、国語も一生懸命頑張っていました。幸いジャカルタの学校で中学2年生までの学習内容を終えていたため、習ったことの日本語への変換と学び直しでうまく適応することができていました。
入試は姉と同じ、A方式(併願選考、英語エッセイと面接)で受験。無事合格し、2021年4月に同志社国際中等部に入学となりました。
この入学を機に、長女も退寮し、母子3人での京都での生活が始まりました。私はインドネシアと日本を往来し、なるべく家族との時間を保てるようにしていました。
続きはまた別記事で。
(この記事は妻と長女と相談しながら父が執筆しています)







