スタートアップが成功できるか、失敗して消えてしまうか? それを決めるのは、Product Market Fit(PMF:プロダクト・マーケット・フィット/市場で顧客に愛される製品・サービスを作ること)を達成できるかどうかにかかっている。『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』(田所雅之著、ダイヤモンド社)は、起業家の8割が読み、5割が実践する起業本のベストセラー『起業の科学』を9年ぶりに大改訂した最新版。本連載では同書から抜粋して、スタートアップの成長を加速するポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます。
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テクノロジーの不可逆的変化を見極めよ
STEEP分析の5つの領域(社会、技術、環境問題、経済、政治)において、テクノロジーは他と一線を画す特徴を持つ。
政治、経済、社会は可逆的だ。ロシアによるウクライナ侵攻やアメリカのトランプ大統領当選が示すように、反グローバリズムやナショナリズムといった前時代のパラダイムへと揺り戻すことがある。
一方、テクノロジーの進化は不可逆的である。インテルが提唱し実践してきたムーアの法則(半導体の集積率は18~24ヶ月ごとに2倍になる)は、この一方向性を象徴している。
近年、ムーアの法則と並んで注目されるのが遺伝子解析コストの劇的な低下だ。2001年には1人当たり約1億ドルを要した解析コストは、2015年には1,500ドル(約6~7万分の1)へと下がり、2025年には100ドル程度になると予測されている。
この変化は、個人の遺伝子情報に基づくプレシジョン・メディシン(精密治療)を実現し、スタートアップの新たな事業領域を切り拓いている。
テクノロジーの革新は、インターネットやスマートフォンがそうであったように、生活とビジネスの環境を根底から変える。
たとえテック企業でなくとも、現代のスタートアップはビジネスモデルの精緻化においてテクノロジーを不可避的に活用する。ファウンダーであれば、テクノロジーの大きな潮流を把握しておくことが必須だ。
開いているウィンドウを見極めよ
山口周氏が『人生の経営戦略』(ダイヤモンド社)で指摘するように、テクノロジープラットフォームの変化による爆発的成長は一瞬である。その機会は期間限定だ。
図表1-3-8はスマートフォンの普及率の伸びだ。2007年から2011年に急激に伸びてその後は鈍化している。
2025年から2028年にかけて急成長が予測されるのが、エージェンティックAI(Agentic AI)である。これは、ユーザーが設定した目標を達成するために自律的に計画立案と行動実行ができるAIだ。米調査会社ガートナーは2028年までに日常業務の15%がエージェンティックAIによって自動化されると予測している。
また、85%の投資家と70%の経営者がAIエージェントを2025年の最も影響力のある技術として認識し、82%の企業が今後3年以内に導入を計画している。
2010年代に領域特化型SaaSが市場を席巻したように、今度は領域特化型のエージェンティックAIに参入し、地位を確立するスタートアップへと、ヒト・モノ・カネが流れていくだろう。
この「開いているウィンドウ」を見極め、迅速に行動することが、スタートアップの成否を分ける。
ガートナーのハイプ・サイクル
開いているウィンドウを見極めるために、テクノロジーの動向を把握する物差しとして広く活用されているのが、毎年発表されるガートナーのハイプ・サイクルである。
どの技術が成長段階にあり、どの技術が世間の注目を集め、どの技術が成熟化しているのかを一つの図で俯瞰できる。テクノロジーの進化がもたらすパラダイムシフトを予測する上で、極めて有用なフレームワークだ。
ハイプ・サイクルは、技術のライフサイクルを5つのフェーズに分類する。
基礎となる概念の実証が行われ、可能性への期待からメディアが注目する「黎明期」、その期待が極限まで盛り上がる「『過度な期待』のピーク期」、予測通りに導入が進まずに周囲の期待がいったん落ち込む「幻滅期」、導入事例が増えて再注目される「啓発期」、技術導入が安定する「生産性の安定期」 である。
このうち「黎明期」に位置する技術こそが、5年、10年後に起こるであろう技術革新のタネとなる。
2025年7月現在のAIハイプ・サイクルでは、「ハイパーAIスーパーコンピュータ」「AIファクトリ」「インダストリAI」といった革新的な技術が黎明期に並ぶ。これらは実現すれば、大きな技術的飛躍をもたらす可能性を秘めている(図表1-3-9)。
あなたが活用しようとしているテクノロジーは、
現在どの位置にいるのか?
曲線のピークに位置するのは「AIエージェント」や「AIネットワーキング」といった技術だ。メディアの脚光を浴びるだけの段階から、いよいよ生き残りをかけた実用技術の開発競争へと進んだ段階である。ここでは、優れたプロダクトを作れずに顧客を獲得できない企業から脱落していく。
一方、「RAG(検索拡張生成)」や「プラットフォームエンジニアリング」は幻滅期に移行した。期待が先行しすぎた技術が現実とのギャップに直面する段階だ。
しかし、ここで諦めずに改良を続けた企業だけが、次の啓発期で再び成長曲線に乗ることができる。そして幻滅期を乗り越え、緩やかな上昇カーブに入った技術は、激しい競争にひとまず勝ち残った企業がマス市場でのユーザー獲得を追い求める時期に入る。たとえば「マルチクラウド」がこの啓発期に位置付けられている。
あなたが活用しようとしているテクノロジーは、現在どの位置にいるのかを確認してみるとよい。
シュリンクする斜陽産業を避け、今後パラダイムシフトが起き、新市場が生まれつつある産業を見極めるために、技術動向には常に目を配りたい。
(本稿は『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。
日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。
2017年、新たにスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。その経験を生かして作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』『「起業参謀」の戦略書』(ダイヤモンド社)など。






