スタートアップが成功できるか、失敗して消えてしまうか? それを決めるのは、Product Market Fit(PMF:プロダクト・マーケット・フィット/市場で顧客に愛される製品・サービスを作ること)を達成できるかどうかにかかっている。『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』(田所雅之著、ダイヤモンド社)は、起業家の8割が読み、5割が実践する起業本のベストセラー『起業の科学』を9年ぶりに大改訂した最新版。本連載では同書から抜粋して、スタートアップの成長を加速するポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます。
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社会的インパクト(ロマン)と
市場適合性(ソロバン)の両立
近年、ビジネスにおいて「社会に対してどのようなインパクトを出すか」という視点の重要性が急速に高まっている。
もはや製品は市場を狙うだけでは不十分で、社会や次世代に良い影響を残すことが必須条件となった。私はこれをPIF(Product Impact Fit)と呼んでいる。
この概念は、近江商人の「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」に、「作り手よし」「地球よし」「未来よし」を加えた「六方よし」の経営理念と重なる。
つまり、社会課題解決を実現する事業かどうかが評価される時代になったのだ(図表1-3-7)。
PIFの成功事例①:アストロスケール
2024年6月に上場したアストロスケールは、スペースデブリ(宇宙ゴミ)除去を含む軌道上サービス事業を展開する世界初の民間企業だ。
宇宙の持続可能性実現に貢献する方針を掲げ、「地球よし」「未来よし」を体現するPIF企業の代表例である。
同社が取り組むスペースデブリ問題は深刻だ。
現在、10cm以上のデブリが約35,150個、1mm以上では1.3億個以上が秒速7~8kmで地球軌道上を周回している。軌道上物体の94%がゴミとして漂い、稼働中の衛星はわずか6%。デブリ同士の衝突による「自己増殖」が始まれば、地球が宇宙ゴミに取り囲まれる「ケスラー・シンドローム」という最悪のシナリオが現実になりかねない。
アストロスケールの「六方よし」:
・売り手よし:世界初の専業企業として先行者メリットを獲得(PMF)
・買い手よし:宇宙産業全体のリスク低減に貢献(PMF)
・作り手よし:最先端技術開発による社会課題解決への貢献実感(PMF)
・世間よし:宇宙インフラの安全確保で社会基盤を維持(PIF)
・地球よし:宇宙環境保全による地球環境の間接的保護(PIF)
・未来よし:次世代へ持続可能な宇宙環境を継承(PIF)
2007年の国連スペースデブリ低減ガイドライン採択、2023年G7広島サミットでの首脳レベルコミットメントなど、国際的に重要課題として認識される問題に、日本企業が世界最先端で挑む意義は極めて大きい。
PIFの成功事例②:テスラ
テスラは電気自動車(EV)とクリーンエネルギー事業を通じて「地球よし」「未来よし」を体現する、PIF企業の象徴的存在だ%
国際エネルギー機関(IEA)の2019年前後の推計によると運輸部門は世界のCO2排出量の約24%を占め、そのうち乗用車だけで約45%を占める。気候変動という人類最大の課題に、Teslaは真正面から挑んでいる。
テスラの「六方よし」:
・売り手よし:EV市場の先駆者として圧倒的なブランド力と技術優位性を確立(PMF)
・買い手よし:運用コスト削減と最先端技術により、購入後も価値が向上し続ける体験を提供(PMF)
・作り手よし:「持続可能なエネルギーへの世界的移行を加速する」という明確なミッションのもと、高いモチベーションを実感(PMF)
・世間よし:Supercharger網の他社開放により業界全体のEV普及を促進(PIF)
・地球よし:EVと再生可能エネルギーシステムにより、化石燃料からの脱却に直接貢献(PIF)
・未来よし:カーボンニュートラル社会の実現を技術革新で牽引(PIF)
イーロン・マスク氏が「お金儲けのためではない。地球を救うためだ」と公言する通り、テスラは利益と社会課題解決を両立させる真のPIF企業として、投資家からも消費者からも支持され続けている。
PIFの落とし穴:Beyond Meatの教訓
「六方よし」の実現は容易ではない。Beyond Meat(ビヨンド・ミート)の事例がそれを物語る。
同社のナスダック上場は華々しかった。初日株価は163%上昇し、IPO史上最高のパフォーマンスを記録。植物性代替肉という新カテゴリーを創造し、環境と健康問題を同時解決する革新企業として世界の注目を集めた。環境インパクトも絶大で、従来の牛肉と比較して93%の温室効果ガス削減、99%の水使用量削減、93%の土地使用量削減を実現していた。
だが、2025年現在、株価はピーク時から95%以上下落している。この急劇な転落は、PIFとPMFの両立がいかに困難かを示す典型例だ。
インパクトやサステナビリティは非常に重要な観点だが、PIFばかり追いすぎるとマーケットという内実が伴わなくなる可能性がある。過度にサステナビリティを追求することはリスクが高く、インパクトが大きいと市場において過大評価されがちという側面もある。
インパクトも大切だが、実際のところマーケットではどうなのか、当然ながら、顧客のニーズに合っているのかということこそが、不可欠な視点だ。
インパクト(社会的意義)とマーケット(カスタマーの欲求)、両方を見据えた事業構築こそが、真に持続可能な成長への道筋である。
(本稿は『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。
日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。
2017年、新たにスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。その経験を生かして作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』『「起業参謀」の戦略書』(ダイヤモンド社)など。





