スタートアップが成功できるか、失敗して消えてしまうか? それを決めるのは、Product Market Fit(PMF:プロダクト・マーケット・フィット/市場で顧客に愛される製品・サービスを作ること)を達成できるかどうかにかかっている。増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』(田所雅之著、ダイヤモンド社)は、起業家の8割が読み、5割が実践する起業本のベストセラー『起業の科学』を9年ぶりに大改訂した最新版本連載では同書から抜粋して、スタートアップの成長を加速するポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます

市場変化の「兆し」をつかむ方法――詳細を見る前に全体像を俯瞰せよPhoto: Adobe Stock

Zoom out, then zoom in.
(詳細を見る前に全体像を見よ)

 直感でビジネスを考えるタイプの起業家こそ、市場全体を見渡すこのアプローチをとるべきだ。

 図表1-3-6で紹介するフレームワークを用いて1週間リサーチに時間を割くだけで、市場の潮流の解像度が上がり、ビジネスチャンスを捉える力が身につく

 ただ、不確実性の高い現代において、5~10年後の社会を正確に予測することは困難だ。

 しかし、未来を垣間見る「兆し」を現時点で探索することは可能である。その視座の解像度こそが、スタートアップの命運を分ける。

Society(社会)――人口動態と嗜好性の変化を読む

 人口動態や人々の嗜好性が、今後どう変化するかを分析する領域だ。特に人口動態は事業に決定的な影響を与える。日本では少子高齢化が進行し、高齢者人口は増加の一途をたどる。

 また富の二極化により、富裕層向け商品・サービスにもチャンスがある。注目すべきは、公的データを紐解けば、社会変化はある程度予測可能だという点だ。

需給ギャップを見極める

 人口動態のトレンドから、需要に対して供給が不足する領域を特定しよう。

 日本では医療のひっ迫が深刻化しており、医療従事者の負担増加と医療リソースの不足が顕在化している。高齢化により医療への需要は確実に増加する一方、医師や医療スタッフの数は限られている。明らかな需給ギャップだ。若者向けサービスより、医療効率化サービスのほうが、確実な需要がある。

 医師とエンジニアの共同代表が創業したUbie(ユビー)は、医療現場の問診業務を効率化する「ユビーAI問診」と、生活者向けの「AI受診相談ユビー」を開発した。

 医療機関向けサービスはリリースから2年半で300以上の医療機関に導入され、生活者向けサービスは月間80万人が利用するまでに成長した。超高齢社会における医療リソース不足という構造的課題をいち早く察知し、テクノロジーで解決に導いた好例である。

Technology(技術)――テクノロジーは「機能」ではなく「時間・空間・体験」を再定義する

 技術進化の本質は、製品の性能向上ではなく二次的価値の創出にある。

 重要なのは「その技術が可能になったとき、市場や人々の行動がどう変容するか」を見通すことだ。スマートフォンは、移動時間を「待機の時間」から「消費・生産の時間」へと変えた。同様に、今後5~10年で実現が見込まれる自動運転は、「運転からの解放=可処分時間の創出」をもたらす。

 ソニーとホンダが共同で立ち上げたAFEELA(アフィーラ)は、この未来を見据えた好例だ。“Mobility as a Creative Entertainment Space”というコンセプトのもと、車を「移動手段」から「エンターテインメント空間」へと再定義している。車内を第三の居住空間と位置づけ、ソニーのコンテンツ資産(映像・音楽・ゲーム)と統合することで、Teslaをはじめとする既存プレイヤーがまだ開拓しきれていない体験価値市場に参入した。

 Netflixのストリーミング参入(2007年)も、技術トレンドの先読みの典型例である。当時の回線速度では視聴体験は決して快適ではなかったが、ブロードバンドの普及加速を見越し、DVDレンタルという既存ビジネスモデルからの大胆な転換を決断した。

 この「インフラが整う前に市場を押さえる」戦略によって、Netflixはストリーミング市場を制し、やがて訪れるモバイル視聴時代(4G/5G)においても圧倒的優位を築いている。技術的制約がある時期に参入することで、競合が追随する頃には既にプラットフォームとしての地位を確立していたのだ。

Economics(経済)――顧客の財布の中身はどう変化するか

 顧客を取り巻く経済状況の変化を捉える視点だ。人々が何にお金をかけるかは、外部環境に応じて刻々と変わる。価格設定とターゲット選定は極めて重要だ。

 コロナ禍では巣ごもり消費が伸び、サブスクサービス(書籍・動画・オンラインサロンなど)の利用者が急増したが、2021年初頭をピークに減少傾向にある。

 その後、2024年から2025年にかけては、物価高を背景に消費者の行動が大きく二極化している。調査によれば、高所得層を含む3割弱が「コストパフォーマンスを意識するようになった」「節約と贅沢のメリハリをつけるようになった」と回答している。

 しかし同時に、「推し活」をはじめとする「こだわり消費」が定着し、自分が価値を感じる分野には惜しまず支出する傾向が強まっている。2025年後半には賃金上昇率が物価上昇率を安定的に上回ると予測されており、従来の節約志向は徐々に和らぎ、消費全体が活発化することが期待されている。

 最近、特に注目すべき家計消費トレンドは、体験消費・コト消費の本格復活だ。2023年の調査では、新たな「体験消費」に心を満たされた人が過去最多となり、遊園地やテーマパークなどで値上げがあった中でも「心が動いた」と回答する人が非常に多かった。

 コロナ禍で失った「体験機会」を取り戻したいという消費者の意欲は強く、SHEIN TOKYOやniaulab by ZOZOなどの体験型店舗が相次いで登場している。これらの店舗では、単に商品を見るだけでなく、プロのスタイリストやAIによるスタイリング、ヘアメイク、写真撮影など、特別な体験を提供することで顧客の心を掴んでいる。

Environment(環境)――環境配慮は重要なセカンドファクターになった

 環境配慮は近年、急速に注目を集めている。気候変動、プラスチック汚染、資源枯渇といった課題が顕在化する中、消費者の意識は確実に変化している。特にZ世代・ミレニアル世代は、環境負荷の低い製品・サービスを積極的に選択する傾向が強い

 環境配慮はもはや「あれば良い」オプションではなく、ビジネスの必須要件になりつつある。消費行動は単なる購買ではなく、その企業や事業への「賛同」を意味する時代だ。企業の環境対応は、自社だけでなくサプライチェーン全体にまで責任範囲が拡大し、さらには製品の環境負荷を数値化し透明化することが求められている。

 逆に環境への配慮を欠けば、ブランド毀損のリスクも高まる

「ビジネスの力で気候変動を逆転させる」。サンフランシスコ発のライフスタイルブランドAllbirds(オールバーズ)は、2016年の創業時からこのミッションを掲げ、世界で初めて全製品にカーボンフットプリント(排出される温室効果ガス、CO2などを「見える化」した指標)を表示したファッションブランドとなった。

 同社は、2025年までに全製品のカーボンフットプリントを半減、2030年までにほぼゼロにするという明確な目標を設定。2023年には、製品1個当たりのカーボンフットプリントを前年比22%削減し5.54kgCO2eを達成した。一般的なスニーカーが約14kgCO2eであることを考えると、半分以下の数値である。

 革新的なのは、天然素材の使用(メリノウール、ユーカリ繊維、サトウキビ由来のSweetFoam)だけでなく、開発した技術を他社に公開している点だ。

「その技術を使うブランドが増えれば世界がよくなる」という理念のもと、自社の競争優位性をあえて手放すことで、業界全体の環境配慮を促進している。

Politics(規制、法律、政治)――規制産業にこそ最大のチャンスあり

 長年規制で守られてきた産業が規制緩和で開放される瞬間、巨大なチャンスが生まれる。なぜなら、規制に守られてきた既存企業は、エンドユーザーのUX(顧客体験)を考慮してこなかったからだ。ユーザーは「他に選択肢がない」ためしぶしぶ使っていただけである。

 規制緩和によって新規参入が可能になれば、カスタマーファーストの発想で優れたプロダクトとユーザーフレンドリーなUXを提供する企業に、ユーザーは一気に流れる。オセロの四隅を取るように、市場を席巻できるのだ。

 2025年、電動キックボードのLuup(ループ)を街の至る所で見かけるようになった。2019年当時、電動キックボードは厳しい道路交通法の制約下にあり、運転免許証の携帯やヘルメットの着用が義務付けられていた。

 岡井大輝社長率いるLuupは、この「規制の壁」を突破するため、強行突破ではなく行政や関係者との対話型交渉の道を選んだ。電動キックボード事業者を中心とした5社で「マイクロモビリティ推進協議会」を設立し、業界全体として政府との対話を開始。さらに浜松市や奈良市など5つの自治体と実証実験を含む連携協定を締結。地方の深刻な移動課題に対して具体的な解決策を示すことで、関係省庁を規制整備に前向きにさせることに成功した。

 2023年7月、改正道路交通法が施行され「特定小型原動機付自転車」という新たなカテゴリーが誕生。16歳以上であれば運転免許なしでも電動キックボードに乗れるようになり、Luupのようなサービスが一気に普及する土壌が整った。

 規制緩和後の1年で、Luupは全国3,700ポートから8,200ポートまで拡大。電動キックボードと電動アシスト自転車合計で2万台、アプリダウンロード数は300万を突破。大規模なマーケティングコストをかけずに、急速な需要拡大を実現した。

(本稿は増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2の一部を抜粋・編集したものです)

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。
日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。
2017年、新たにスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。その経験を生かして作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』『「起業参謀」の戦略書』(ダイヤモンド社)など。