池井戸潤さん最新作『ブティック』発売記念インタビュー。池井戸潤さんに作品に込めた思いを聞きました。 Photo by Yoshihisa Wada

「半沢直樹」シリーズや「下町ロケット」シリーズで知られる池井戸潤さんの最新長編『ブティック』が、5月13日に発売されました。『俺たちの箱根駅伝』(文藝春秋)以来、2年ぶりとなる待望の新作です。発売直後から大きな反響を呼び、早くも読者からは熱量溢れる感想が続々と届いています。本作の発売を記念して、池井戸潤さんにインタビュー。『ブティック』誕生の舞台裏や、作品に込めた思いを聞きました。(ダイヤモンド社論説委員 浅島亮子)

暗夜を照らす、星になれ。
2年ぶりとなる最新長編

――ついに発売を迎えましたね。刷り上がったばかりの単行本『ブティック』を手にされて、まずはどのような手応えを感じていらっしゃいますか。

池井戸 いい装幀になったと思います。気に入っていますし、色遣いが独特で書店でも目立ちそうですね。

――紫を基調とした夜景の表紙デザインが本当に美しいです。

池井戸 イラストはお馴染みの木内達朗さん、装丁はいつもお世話になっている岩瀬聡さんです。おふたりのイラスト、装幀デザインは本当にすばらしい。まさに鉄板のコンビではないでしょうか。いつも全幅の信頼をおいてお任せしていますが、今回もさすがの仕上がりだと思います。

――読者の皆様には、ぜひページをめくりながら確かめていただきたいのですが、実はこの表紙、たった一枚で本作の壮大な世界を描き切っていますよね。

池井戸 物語の世界観を表現していただくようにお願いしました。

 大都会の裏通り、小さなカフェやキッチンカーが佇(たたず)む場所から、遠く大企業のオフィスビルを眺望する表紙の画は、それ自体に物語性があります。

 読み終わった後に改めて表紙を眺めていただくと、この画にどんな意味があるのかがわかる仕組みになっています。そんなところも少し楽しみに読んでいただけたらうれしいです。

――初めて『ブティック』の企画構想を教えていただいたのは、2023年秋のことでした。その時から、タイトルは『ブティック』と決まっていましたよね。

池井戸 企画段階ではまだ仮タイトルでした。でも、そのうち「これでいいんじゃないか」と思えてきました。アパレルのブティックかと思う読者の方もいらっしゃるでしょうが、だからこそ、本編に触れたとき、その内容と展開に意外性が出ておもしろく読めるのではないか――。表紙の画も、このタイトルも、ある意味エンタメの一部なんです。

――確かに、一見すると、何をテーマにした作品なのか、良い意味で想像がつかないです。

池井戸 M&A業界が舞台ではあるんですが、できるだけそれを表に出さないようにしてみました。あくまでエンターテインメント小説である、ということも頭に入れて読んでいただけるとうれしいです。

――なるほど、そういう意味では成功している気がします。まだ発売間もないですが、早くも読者の皆さんから“熱量高め”の感想が続々と届いています。

池井戸 うれしいですね。僕の周りでも、担当の編集者さんや友人たちが早速読んでくれて、会うと熱く感想を語ってくれます。そういう信頼できる読者の感想はぼくにとって貴重ですし、作品を評価する指標になりますが、いまのところ皆さん好意的に読んでいただいたようで、ほっとしています。

――具体的にはどんなところに注目されているんでしょう。

池井戸 いくつかあると思います。今回の小説はM&Aブティックが舞台ですが、そもそもM&Aって聞いたことあるけど、具体的にはピンとこない、という思いを抱いている読者は多くいらっしゃると思います。そういう皆さんには、分かりやすいM&Aの事例のようにも読めるでしょうし、M&Aとは――? という疑問への答えといえるかも知れません。

 一般には馴染みのない業界だけに、社会問題化している悪徳仲介業者のことだったり、TOB合戦だったり。普段小難しくて素通りしている世界にスポットが当たって、それがエンタメになっているのも新鮮な点かも知れません。

『ブティック』著者・池井戸潤さんいけいど・じゅん/1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒。
98年『果つる底なき』で江戸川乱歩賞を受賞し作家デビュー。2010年『鉄の骨』で吉川英治文学新人賞、11年『下町ロケット』で直木賞、23年『ハヤブサ消防団』で柴田錬三郎賞を受賞。
主な作品に「半沢直樹」シリーズ(『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』『ロスジェネの逆襲』『銀翼のイカロス』『アルルカンと道化師』)、「下町ロケット」シリーズ(『下町ロケット』『ガウディ計画』『ゴースト』『ヤタガラス』)、『シャイロックの子供たち』『空飛ぶタイヤ』『民王』『七つの会議』『陸王』『ルーズヴェルト・ゲーム』『ノーサイド・ゲーム』『花咲舞が黙ってない』『アキラとあきら』『BT’63』『ハヤブサ消防団』『俺たちの箱根駅伝』がある。

――前作は箱根駅伝がテーマで、その前は田園ミステリでした。今回、久々にビジネスをテーマにした小説です。

池井戸 ここまでビジネス寄りの話というのは書くのは本当に久しぶりです。ある意味、原点回帰的なニュアンスもありました。ただ、まだ成熟していない業界でもあるわけで、その意味では書くのは難しかったです。

――そうなんですか? 池井戸さんといえば、「半沢直樹」シリーズや「下町ロケット」シリーズなど、数々のエンターテイメント作品を生み出してこられましたが、それらの作品と比べても?

池井戸 銀行業界も日々進化していますから、そう簡単に書けるわけではありません。「半沢直樹」も実は書くとなると難しいです。でも、M&A業界の変化、成長ぶりはその比ではない気がします。この業界、いまある現実をどうエンタメとして切り取るのか? 法律がまだ未整備だったり、前例のないケースが生まれていたり、はたまた犯罪が絡んでいたり。まさに現在進行形の、ホットな世界だからこその難しさがあるし、それが読みどころになっていると思います。

――リアルタイムで起きている事象の最前線を描くことの難しさ、ですね。池井戸さんは以前、「エンタメなんだから、99%あり得なくてもいい。でも、100%あり得ない話はダメだ」と仰っていました。

池井戸 この手の小説を考えるとき、現実世界のリアルと、小説のリアルは似て非なるものだということは、まず念頭に置いておく必要があります。たとえ小説であっても、絶対にあり得ないことは書けません。でも、現実のリアルに振り切ってしまったらそれは現実そのものであり、エンタメ小説になるのかと……。そうじゃなく、99%現実でも、そこに1%の創造を加えることで、小説としての世界観を構築していきたいと考えています。

――『ブティック』の場合はどうですか?

池井戸 『ブティック』でも、あくまで現時点での話ですが、会社法上の規定がなく、前例もないような話が出てきます。でも、絶対あり得ないかといわれたら、そうでもない。上場企業で前例はなくても、中小企業レベルでは起きていたり……。そういう小説の設定は、作者の創作スタンスと密接に関わってきます。

 現実と創造の境界線を行き来する小説をどう書いているか、という観点で読んでいただくと、ストーリーとは違う面白さが見つかるかも知れません。