「ともちゃん、ごめんね、ごめんね…」辺野古ボート事故、知華さん母の慟哭の手記/ランドセルから見つかった手紙に「涙が止まりませんでした」亡くなった武石知華さん 写真は「辺野古ボート転覆事故遺族メモ」より

 知華に許されたような気持ちになると同時に、私も夫も涙が止まりませんでした。

 ずっと日本に住みたいって言っていたよね、
 安全で美味しいものがたくさんある夢のような国、日本。
 インドネシアに住んでいた頃、知華の将来の夢は日本に住む事だったよね。
 ママも、イライラを受け止めてあげられなかったこともあったのに申し訳ないって思ってくれてたなんて…ママこそきついこと言ったりしてごめんね。
 いつもいつも目標にむかって頑張っていたね。偉かったね。

 守ってね、ってお願いされていたのに…守ってあげられなかった。
 ごめんね、知華、ごめんね、ごめんね。


 


 

ご支援くださる皆さまへ:

 主人が最初に書いたnoteの目的の一つ、
・知華のことを正しく伝えること
 今まで皆様が残してくださった数多くの温かいコメントや発信を拝見し、こんなにもたくさんの方に悼まれ、知華は今、皆様の優しさに包まれているように感じます。

 辺野古漁港は那覇からもかなりの時間がかかるのに、多くの方が献花に向かってくださっている事、また発信に対する心無いコメントからも守ってくださっている事、辺野古事故を風化させないと発信を続けてくださる方々、事故について一緒に心を痛め、積極的に議論してくださる議員の方々、情報提供くださる方々、noteでご支援くださった方々、個別での返信ができておりませんが、皆様、本当にありがとうございます。心より感謝申し上げます。

 知華が残した宿題はとても難しく、まだまだ取り組まなければなりませんが、四十九日法要が終わるまでは、少し穏やかに過ごしたいと思います。

 知華の御霊が安らかに成仏できますように、お祈りくだされば幸いです。

 知華の母より