「嵐のラストツアー、一緒に見たかったな」辺野古ボート事故、知華さん姉が綴った思い「たった一人の妹…胸が張り裂けそうになります」(左)亡くなった武石知華さん 写真は「辺野古ボート転覆事故遺族メモ」より

沖縄県辺野古沖で小型船が転覆し、研修旅行中だった同志社国際高校の生徒と船長が死亡した。国土交通省と内閣府は、死亡した金井創船長(71)を海上運送法違反の疑いで刑事告発した(5月22日)。亡くなった高校2年生の武石知華さん(17)の遺族は「辺野古ボート転覆事故遺族メモ」というnoteで情報発信を続けている。遺族の許可を得て、全文を転載する。(ダイヤモンド・ライフ編集部)

私と知華
2026年5月2日 22:39

はじめに

 知華が旅立ってから、明日で四十九日を迎えます。この間、たくさんの方が知華を想い、言葉を寄せてくださいました。家族だけでは抱えきれない悲しみの中で、そのひとつひとつに支えられています。本当にありがとうございます。

 まだ、知華がいない毎日を受け止めることはできません。それでも、知華が確かにここにいて、笑って、悩んで、楽しみにしていた日々を、姉として少しずつ残していきたいと思います。

 今回は、姉である私から見た知華のことを書きます。


 姉の私にとって、知華は、喧嘩も多かった一方で、誰よりも近く、何でも話せる絶対的な味方のような存在でした。

 小さい頃の知華は、4つ年が離れていた分、私の後を追いかけるようにして、毎日を楽しんでいました。

 でも、知華が成長するにつれて、だんだんとやることや興味が似てきて、いつの間にか、ただの妹というより、一番近くにいる友達のような存在になっていました。

 嵐やトレ、セブチの推し活、メイク、服装、髪型。

 本当に小さなことまで、知華はよく私の真似をしたり、「これどう思う?」「どっちがいいかな」と相談してくれました。

 その日話した英語の先生とのやりとりや、友達や先生とのちょっとした言い合いまで、大学で離れて暮らしている私のもとに、いつも連絡を入れてくれました。

 何でもないような話を、当たり前のように送ってくれる。それが私にとっては、すごく嬉しくて、可愛くて、知華らしい日常でした。

いつも通りのやり取り

「ねえ、びーりタグしてー!!」
「ともー、タグー!」

 よく私たちの中で行われていた会話でした。

 知華とは、そんな何でもないやり取りを毎日のようにしていました。