スタートアップが成功できるか、失敗して消えてしまうか? それを決めるのは、Product Market Fit(PMF:プロダクト・マーケット・フィット/市場で顧客に愛される製品・サービスを作ること)を達成できるかどうかにかかっている。『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』(田所雅之著、ダイヤモンド社)は、起業家の8割が読み、5割が実践する起業本のベストセラー『起業の科学』を9年ぶりに大改訂した最新版。本連載では同書から抜粋して、スタートアップの成長を加速するポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます。
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トースター市場を変えたバルミューダ
家電量販店に行くと大手家電メーカーのオーブントースターが並んでいる。それぞれが、その高機能性を競い合っている。
たとえば、あるメーカーの上位機種は上下ヒーター独立温度調節機能があり、冷凍・温め・焼き・グリルなど15種類の自動メニューが搭載されている。
しかも、マイコン制御で0.1度単位の温度設定ができ、タイマーは1分から60分まで細かく設定可能。液晶パネルには調理工程まで表示される。
だが、これだけの多機能を使いこなせる人がどれだけいるだろうか?
結局は「強」「中」「弱」の3段階で、適当な時間設定でパンを焼くだけ。多くのユーザーにとって過剰な機能を持て余しているのが現実だった。
そこに出てきたのがバルミューダの「BALMUDA The Toaster」だ。5ccの水を入れて、パンの種類を選ぶだけ。ボタンは4つしかない。トースト、チーズトースト、フランスパン、クロワッサン。複雑な温度調節も、細かい時間設定も、15種類の自動メニューも一切ない。
しかも価格は2万円台後半と、従来の多機能オーブントースターの倍以上する。一見すれば「機能が少ないのに高い」製品に思える。バルミューダが発売した当初のトースターは、業界関係者からは「シンプルすぎる」「この価格では売れない」と言われていた。
だが、実際に使用したユーザーのレビュー欄などに「外はサクサク、中はふわふわ」「もう普通のトースターには戻れない」のような賞賛が溢れた。
価格.comのオーブントースターランキングでも、バルミューダが上位を独占する時期が続いた。高級トースター市場という新しいカテゴリまで創出した(図表1-3-10)。
大手家電メーカーが既存製品に機能を追加し続けて、ユーザーの求める以上の過剰機能を持つ製品を出した結果、シンプルで本質的な価値を提供する製品に市場シェアを奪われる現象のことを「イノベーションのジレンマ」という。
バルミューダの成功は、「多機能=良い製品」という常識を覆し、「シンプルで本質的な価値を追求する」ことの重要性を証明した事例と言えるだろう。
破壊的イノベーションを起こす
破壊的イノベーションとは、従来製品の価値を破壊し、新しい価値を生み出すものであり、それは破壊的技術や新しいビジネスモデルによってもたらされる。
そして結果として新しい市場をつくり出す。スタートアップの提供するプロダクトやサービスもやはり破壊的イノベーションの要素がなければならない。
2007年1月9日、サンフランシスコのコンベンションセンターでスティーブ・ジョブズ氏は、初代iPhoneを発表した。小さな黒い端末を持ちながら、「今日、Appleは電話を再発明する」と高らかに宣言した。破壊的イノベーションが起きた瞬間である。
日本における破壊的イノベーションの事例
ホンダ創業者の本田宗一郎氏は1954年、社員を前にこう宣言した。
「大企業は四輪自動車で勝負している。我々にはその資本も設備もない。しかし、二輪には無限の可能性がある。世界一を目指せる分野で戦おう」。
当時の日本では、トヨタや日産などの大手自動車メーカーが四輪車の開発に注力し、二輪車は軽視されていた。ホンダはこの主流から外れ、誰もが見向きもしなかった小型バイク市場に全力を注いだ。
さらに本田氏は無謀とも言える挑戦を打ち出す。1954年「マン島TTレースで優勝する」と世界最高峰のレースへの参戦を宣言したのだ。当時の日本製バイクは欧米製に比べ性能で大きく劣り、多くの人々がこの宣言を「夢物語」と嘲笑した。
しかし、この決断こそが後の破壊的イノベーションへとつながった。
1958年に発売された「スーパーカブ」は、誰でも簡単に乗れる設計、圧倒的な燃費性能、そして手を汚さないカバー付きエンジンという革新的な特徴を持ち、「バイク=不良の乗り物」という常識を覆した。スーパーカブは累計1億台以上を売り上げ、世界で最も売れた乗り物となったのだ。
(本稿は『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。
日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。
2017年、新たにスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。その経験を生かして作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』『「起業参謀」の戦略書』(ダイヤモンド社)など。





