「ビジネス書を読んだのに変われない」
「どんな本を読んでも手応えがない」
「知識は増えても、人生はあまり変わっていない気がする」

そんな経験はないだろうか。「読書は人生を変える」と言われるし、多くの成功者が読書の重要性を語る。しかし、本を読めば読むほど不安になったり、焦ったり、疲れたりする人も少なくない。その違いは、読書量ではない。「どんな言葉に触れているか」だ。
書籍『ほんとうのことを書く練習』では、「人を自由にする文章」と「人を縛る文章」の違いについて語られている。本記事では、「本を読んでも人生が変わらない人」に共通する特徴を紹介する。(構成・写真/ダイヤモンド社書籍編集局・今野良介)

「読まされている」

本を読めば人生が変わる。

そう信じる人は多い。

実際、読書は人生を変える力を持っている。

しかし一方で、何百冊読んでも変わらない人もいる。

『ほんとうのことを書く練習』では、「読む文章」「読まされる文章」を区別している。

そしてこう書く。

書き手に「周りを騒がせたい」「注目を浴びたい」「バズらせたい」などといった意図がある場合、私たちは「読む」のではなく「読まされる」ようになる
――『ほんとうのことを書く練習』より

これは現代を生きる私たちに重要な指摘だ。

私たちは毎日、膨大な量の情報に触れている。

しかし、その多くは「考えるため」ではなく、「反応させるため」に作られている。

怒らせる。
不安にさせる。
興奮させる。

そうして、とにかく注意を奪う。アテンション・エコノミーなどと言われる。

読んだあと疲れる情報が多い理由だ。

「本を読んでも人生が変わらない人」の意外な共通点スクリーンタイム見るのこわい

では、本当に良い文章とは何か。

著者は、判断基準としてこう問いかける。

少しでも、自由な気持ちになれるか。
読んでいる間、自分の体や心に注意を向けてみたら、きっとわかるはずだ。どれだけ名作と言われていても、どれだけ評判が良くても、あなたが自由な気持ちになれないのであれば、それはあなたにとっての「ほんとうのこと」が書かれた文章ではない。

――『ほんとうのことを書く練習』より

ここでいう「自由」とは、好き勝手に生きることではない。

「こうあるべきだ」
「もっと頑張らなければ」
「人より優秀でなければ」

という思い込みから少し解放されることだ。

著者は、自分が好きな書き手について、

「彼らの自由さが私に乗り移り、私も自由に書き出す。のびのびと踊っている人を見て、自分の体が動いてしまうように。」

と書いている。

つまり、本当に良い文章は、読者に何かを教え込もうとしない。読んだ人の中にある可能性を解放する。

読んだあとに、「こうしなければならない」ではなく、「こうしてもいいのかもしれない」と思わせる。

だから自由なのだ。

毎日触れている大量の情報は、あなたを自由にしているだろうか。それとも、不安にさせ、焦らせ、縛っているだろうか。

本を読んでも人生が変わらない人。

その特徴は、知識が足りないことでも、読んだ内容を忘れてしまうことでも、読んですぐ実行しないことでもない。

自由になれる言葉ではなく、「不自由になる言葉」を集めてしまっていることだ。

(本稿は、『ほんとうのことを書く練習 「わたしの言葉」で他者とつながる文章術』の内容を引用して作成した記事です)