先日、就活生向けのエントリーシートの書き方を「1社分8000円」で添削するというビジネスの広告を見た。ちょっと待ってほしい。
2019年6月に発売し、現在までの累計発行部数16万部の『読みたいことを、書けばいい。』という本がある。著者は電通に24年勤めた田中泰延氏である。この本の中に、エントリーシートの書き方を記したコラムがあるのだ。全文抜粋する。8000円も払うのはこれを読んでからにしてほしい。本は税込1650円である。この記事は無料である。(構成:編集部/今野良介)
まともなことを書いてしまった
わたしは広告会社に勤務していた24年間に、数百名にも及ぶ学生の会社訪問や就職活動相談を受けた。退職してからも地方自治体や各種団体の要請でいわゆる「就活セミナー」の講師を務めている。
就職活動で重要なのは、まず書類選考に必要な履歴書、最近では「エントリーシート」(ES)と呼ばれるものの書き方だ。
このコラムは、単に箸休めの読み物のようで、じつは本1冊分の情報量がある。別の本に書けばよかった。
これさえ読めば学生のあなたも、転職を考えているあなたも、希望の就職先の内定に一歩近づく。
就活とはなにか
まずは定義が大切である。就活とは言うまでもなく就職活動の略であるが、日本では一般に、この言葉は正規雇用を得るための活動という意味で使われる。正規雇用とは「期間の定めのない労働契約」のことを指す。いわゆる終身雇用というやつである。
それを得るための「就活」の最たるものは、教育機関(現実的には日本では大学、短大)を修了した者が横一線で正規雇用を得る「新規一括採用」だ。この慣行については批判もある。社会のありようは変わっていくものであるし、いまは非正規雇用、つまり派遣労働や短期雇用契約なども増加しているが、ここではその是非を論じることはしない。
終身雇用に関わる問題であるからこそ、「就活」では格式ばった「エントリーシート」での「自己紹介」と、面接における「志望動機」が重視されているのだ。ここではその書き方と考え方について述べたい。
あなたが伝えることは2つだけ
さて、どのような就活でも、ESを書いて送り、読んでもらったり、そこから進んで面接を受けるわけだが、そのときあなたという人間はなにをしているか。
なにもしていないのである。しいて言えば、「面接を受けている」だけなんである。これが高校野球の選手なら、試合を見に来てもらい、目の前でホームランを打ってみせたりすればプロ野球の球団に対して就活できる。
だが、あなたは何もしていない。特にいいところを見せられないあなたは、ESという書類と、面接時のトークだけで就職を勝ち取らなくてはならない。まったくもって「書くだけ、言うだけ」の世界である。よく考えたらすごいことだ。
その就職活動では、2つしか聞かれない。「おまえはなにをやってきたんだ」と「うちに入ってなにができそうなんだ」、この2つだけだ。これをよく「自己紹介」と「志望動機」と呼ぶが、この言葉が誤解の元だ。それを説明しよう。
すべての「志望動機」はうそである
先に「志望動機」の変な点について述べよう。よく例に挙がる志望動機の書き方は
「御社に成長性や将来性を感じ」
というものだ。これがいきなりおかしい。そんなに成長性や将来性を感じるのであれば入社なんかせずに、株を買ったほうがいい。1997年にAmazon株10万円分を買っていたら、2021年5月の時点でその10万円がいくらになったか知っているだろうか? 約1億6000万円である。
「特定の企業の志望動機には具体的な根拠が必要で、どれだけ企業研究をしているかが重要です。徹底的に調べて問題点をズバリ指摘すれば、熱意が伝わります」などと教える本もある。
しかし、
「御社の執行役員の榊原さん、3期も業績上向いてませんよね。更迭すべきです。それと常務の笹本さん、女性関係が危ないです。取締役会で退任してもらいましょう」
などと面接でズバリ指摘する学生、どこの会社が欲しいのだろうか。調べすぎだろう。
「その会社でキミがしたいことを言いなさい。夢を語りなさい」という就職指南もよくあるが、そんなにしたいことがあるんなら、だれかに雇われるよりも自分で会社をつくったほうがいい。
以上からわかるように、あらゆる志望動機はうそなのである。そもそも、「三井物産に入りたい」「東京海上に入りたい」「ソニーに入りたい」そんなのわたしだって入りたい。
みんな結局、その会社の名前しか知らないのである。それらの会社に勤めている人でも、自分の会社の仕事を全部知っているわけではない。入ってもいない者になにがわかるというのか。
志望動機は、どうでもいい。うそを言うぐらいなら「名前を知っているから受けに来ました」のほうがよっぽどいい。それよりも、自分の話をしよう。採用担当者が聞きたいのはそっちだ。
自分をラベリングしてはいけない
志望動機ではなく、自分の話をしなくてはならない。だが次に、自己紹介の誤解について話そう。
典型的な就活の「自己紹介」は、「わたしは〇〇な人間です」というものだ。
「わたしはスキーのサークルで幹事を務め、30人のまとめ役だったので、リーダーシップがあります」
言いがちだが、これがおかしい。あなたにリーダーシップがあるかどうか判断するのは他人だ。あなたではない。
自分がなにをしてきたかを言うのは大切だ。しかし、自分自身にいいタイトルのラベルを貼ったところで、その通りに人が読んでくれるわけがない。そんなのでいいならわたしは「大富豪」「いい人」「指導者の器」などと顔にマジックで書いて歩くだろう。
また、「わたしは大学時代、カヌーでアマゾンを縦断し、テニスサークルで関東大会で優勝し、軽音楽部でバンド活動しました」などと、あれもやった、これもやったという人がいる。
採用の面接担当者は40年、50年生きているのだ。たかだか21、22歳の学生がそんなになにもかもできるわけがないと思うだろう。本当だとしても、いっぺんにたくさん言われたら覚えられない。
いちばん伝えたいことを1つだけ言う。これが正しい自己紹介である。
エントリーシートはキャッチコピー
では、その自己紹介のためのESはどう書けばいいか。だいたいの就活生は上記のような「経験を通じてリーダーシップを得たわたしは、御社に将来性を感じ」という志望動機と自己紹介をESに書き、ハキハキと喋る面接の練習をしていることだろう。
どっちも最悪である。相手に訊ねさせることが大事なのだ。
問わず語りは、うっとうしい。ズバッとひとこと言えば相手は訊いてくれる。日常生活でも、「今日ね、朝起きてね、歯ブラシに歯磨き粉がうまく出なくてね、めっちゃ腹立つんだけど、」などとグダグダ言われるとウンザリする。ところが、部屋に入ってきていきなり「めっちゃ腹立つわ~!」とひとこと叫んで「どうしたの?」と訊いてもらえたらこっちのものだ。訊かれた以上、あなたは堂々と歯磨き粉の話をする権利がある。
その「ズバッとひとこと」こそ「キャッチコピー」なのである。エントリーシートにだらだらなにかを書いてもだれも読まない。採用担当は、字の多いESを読むのに疲れている。
わたしのESを公開しよう
ちょっと、いったん下を見ていただきたい。信じられないかもしれないが、これはわたしが1993年度の就職に向けて、すべての企業に送付したものとほぼ同じである。違うのは、顔写真が現在のなれの果ての姿になっている点だけだ。
これを見せると当時を知らない世代から「バブル時代の売り手市場の就職でしょう?」と言われる。とんでもない。1993年度はすっかり就職氷河期とよばれる時期に突入していた。
いま見ると「自分のポスター」だ。キャッチコピーが書いてある。
わたしは、相手に訊ねさせることが大事だと考えた。「学生時代キミは何をしてきたんだ」と訊かれたらひと言だけ「ここに書いたように、トラックの運転手です。今日は仕事を休んで来てます」しか言わない。すると面接官は「なんだそれは」と食いついてくる。
そこでゆっくり話をする。聞きたいのは先方なのだから慌てる必要はない。「わたしは大学が夜間なものですから、昼間はトラックの運転手が職業です。さて、貨物を満載したトラックの運転というのはですね、足で踏むブレーキでは簡単には停まらない。そこで排気ブレーキの出番です。構造としましては……」と楽しそうに話す。
すると面接担当者は「ほう、なるほど。トラックの運転とはおもしろいものだな。わたしもやってみたいな」などと言い出す。そしてハッと気がつくのだ。「なんで俺がトラックに乗るんだ。おまえがうちの会社で働け」。そしたらもう内定だ。
「御社がわたしを必要としている」と書いた志望動機に関しても、ふざけているようだがまったく違う。「募集要項」を発表したのは、その企業のほうだ。わたしはそれを見て応募したのだから、間違っている点はなにもない。
1992年、わたしは電通の就職説明会に行った。200人が1つのホールに入れられ「ここにいる皆さんのうち、弊社の仲間になるのは、確率的にはおひとりか、ゼロでございます」と言われた。集まった学生は爆笑した。その説明会は100回あった。応募者2万人。採用は200人だ。普通のことを普通にしたって眼に止まるわけがない。普通のことを普通に書いて東京大学法学部の学生に勝てるわけがない。
ESで興味を引いて、詳しく話すから面接に呼んでくれ。これがわたしの取った戦術だ。もし、あなたが大学時代、縁日の屋台のアルバイトをしてリンゴアメを記録的な数売りさばいた思い出があったとする。ならば、ESには自己紹介をくどくど書かず、「わたしはリンゴアメの古田と呼ばれていました。」と書くのである。
そして案の定、突っ込まれたら、待ってましたとばかりに、どうやってそんなに売り上げを伸ばせたのかを話せばいい。面接担当者は学生が帰ったあと、印象に残った人の話をする。
「リンゴアメの人いたじゃん。これ。古田」
「ああ、リンゴアメの古田。いいね。残しとこうか」
こうして人は次の面接に進むのである。
プノンペンのジョー理論
このように、いざ面接で詳しく訊かれたときにはしっかり話さなくてはならないのだが、ここで大切なことがある。わたしはこれを【プノンペンのジョー理論】と呼んでいる。
たとえば、ESにあなたはキャッチコピー的に「わたしはアジア貧困問題のエキスパートです。」と書いたとする。狙い通り訊ねられたときにどう答えるか?
「はい、わたしは交換留学生としてカンボジアに行き、その土地の問題と貧困について研究し、国際的な支援の方法について総合的に学びました」。
せっかく訊いてもらえたのに、この答は0点なのである。なぜか。
それは、具体性がゼロだからだ。キーワードとしては「交換留学生」も「国際的」も「総合的」も、全部不要だ。
人にせっかく訊かれたことは、情景が浮かぶように答えないと、決して覚えてもらえない。
「2017年の4月4日でした。ひどい豪雨の夜で、大きな雷が落ちてプノンペンの街は大規模な停電になったんです。わたしがいたレストランも真っ暗になって、暗闇の中でひと晩過ごしました。そのときにレストランのオーナー、ジョーさんという方が、停電を謝罪しながらも、こう言ったんです。この国にはまだまだ支援が必要なんです、と。そしてわたし、気づいたんです」という風に話す。
まるで目に浮かぶように話をすれば、「ほうほう、それで君がカンボジアで気がついたことは具体的に?」とさらに訊いてもらえる。
これが【プノンペンのジョー理論】だ。わたしはこの理論を何百人もの就活生に伝授している。だが、わたしの同僚が採用面接を担当したとき「田中、今年の面接でプノンペンが停電してジョーという人に会いましたって学生が2人いたけど、あれ、田中の教えた話じゃないか?」と言ってきて爆笑した。
そもそもプノンペンもジョーも、わたしの作り話である。
就職活動は試験ではない
わたしの取った戦術を、「あまりにも大胆で、わたしには真似できません」という学生さんもいた。それはそれで仕方がないが、「その作戦で、御社に内定をいただきました」と喜びの報告をしてきて、同じ会社の仲間になった人も何人かいた。わたし自身は1993年、全く同じESを10社に出して、全く同じ話をして、ぜんぜん業種の違う4社から内定をもらった。
1つ言えることは、就職活動は学校や資格の試験ではないということだ。その証拠に受験料が必要ない。毎年毎年人材を求めているのは企業のほうだ。就活は、受かる落ちるの選別の場ではなく、単に企業の業務と人材の能力のマッチングの場にすぎない。
大学生である就活生は、とあるひとつの企業とマッチングしなかろうが、べつに失うものがない。日本に法人企業は約170万社あるのだ。日本国憲法第22条第1項では職業選択の自由が定められている。人生でどんな職業を選ぶかを決めるのは、他人ではなく、あなたなのだ。
得意不得意を知れば社会があなたを振り分ける
だが、職業を選ぶのは自分であるといっても、向いていない職業を選ぶと不幸になる。たとえばわたしが野球選手になろうとしていたら、それは間違いだ。もし目指していれば大変な人生になっただろう。オフィスワーカーで、中でも広告業界に目を向けたことは正しかった。「広告業界に行きたい」と言う学生さんは多いが、「行きたいと向いてるは違うから、まずそこを考えよう」と伝える。
わたしの考えでは、得意不得意を最低限、自分で見極めることさえできれば、あとは自動だ。わたしも、向いていそうな分野を選び、入社面接を経て、入社してからは人事担当が適性を判断して、コピーライターとして就労した。
わたしは特に「コピーライターになりたい」とは思っていなかったのだ。利益を得ようとする企業や社会全体の機能構造が、人間を適切に振り分けるのだ。
人はいずれ、自分がいるべきところに導かれる。でなければ、社会にこんなに多様な職業があって、みんなが納得してそれぞれの職業に就いてない。だから就活生には、最低限向いてる方向を見定めたら、あとは心配しないで、社会の振り分け機能に身を任せてもいいということを知ってもらいたい。
労働には3つの意味があるという。
社会性:役割を担うことで社会に貢献する
個人性:個人の人生の目標や生きがいを充足させる
この3つがうまくバランスしないと、また転職を考えたくなる。社会人になるとリタイアして年金をもらうまでは延々と労働する日々に突入する。悔いのない職種や働きたい会社を、じっくり選んでほしい。
ESの書き方はあらゆる文章に活かせる
この項のはじめに、就職活動では、2つしか聞かれない。「おまえはなにをやってきたんだ」と「うちに入ってなにができそうなんだ」である、と述べた。就活は学生にとって、“それまで自分がなにをしてきたか”と“これから自分がなにができそうか”をあらためて考えるチャンスになる。いい機会だと思ってトライしてほしい。
そして自己紹介と志望動機からなるエントリーシート、そして面接で話すことは、思いがけないことに、あなたが書く「随筆」と同じものなのだ。
いままでの人生で触れた「事象」がある。それによって生じた「心象」があなたの現在の立ち位置を決めているし、将来の理想や願望を決めているはずである。
それを順を追って書けばいいし、言えばいい。しかも、一番大事なことをピックアップして読んだ相手の心に情景が浮かぶように、伝える。そしてそれには、特定の企業のような「ターゲット」など必要ない。相手のためではなく、まず自分が自分を理解するために書くのだ。
全くもって、随筆を書くことと同じなのである。その意識を持ってESを書いた経験は、あなたが文章を書くときに、きっと役立つことだろう。
1969年大阪生まれ。早稲田大学第二文学部卒。学生時代から6000冊の本を乱読。1993年株式会社電通入社。24年間コピーライター・CMプランナーとして活動。2016年に退職、「青年失業家」と自称しフリーランスとしてインターネット上で執筆活動を開始。2020年に「ひろのぶと株式会社」を起業し、現在同社代表取締役社長。webサイト『街角のクリエイティブ』に連載する映画評「田中泰延のエンタメ新党」「ひろのぶ雑記」が累計330万PVの人気コラムになる。その他、奈良県・滋賀県・福島県など地方自治体と提携したPRコラム、写真メディア『SEIN』連載記事を執筆。映画・文学・音楽・美術・写真・就職など硬軟幅広いテーマの文章で読者の熱狂的な支持を得る。「明日のライターゼミ」講師。2019年6月、初の著書『読みたいことを、書けばいい。』を上梓。現在16万部突破。