そして、特定の物事に強い興味を覚えると、それに強いこだわりを持つようになります。決まった順番や予定をとにかく大切にするため、急な変更が苦手という行動のパターンもあるそう。若い頃、お客様が次に何を言い出すかわからず不安なので、店舗での接客が大の苦手だった自分を思い出しました。

 一方、LDは知的能力が平均または平均以上でありながら、特定の学習分野では困難を抱えるそうです。横文字が続きますが、文字や言葉を読むことが難しいと感じるディスレクシア(読字、書字障害)、字を書くのが苦手なディスグラフィア(書字障害)、数の概念や計算が難しいディスカリキュリア(算数障害)がある、と。

 そして、発達障害の人はADHD、ASD、LDの3つの特性をまだらに抱えていることも多いそうです。こういった解説を読んで気づいたのは、どうやら私にはADHDだけでなく、ASD、LDにも当てはまる点がありそうなこと。

 というのも私はずっと、人とのコミュニケーションで悩んできたからです。学生時代、最初に就職した広告会社、創業後のニトリの店舗……。初めて会う人との会話がまったくうまくいかなかったのでした。一時期は軽い対人恐怖症になっていました。

発達障害の診断が下り
ホッとした理由

 これはきっとASDの特性だったのかもしれません。でも悪いことばっかりだったわけではなく、ASDのもう1つの特性「物事を突き詰める力」は、ニトリを成長させていく上で大きな助けになっていたと思います。

 LDに関してはその特性を知り、「ああ~、それで私はクラスでただ1人、自分の名前を漢字で書けなかったのか!」と腹落ちしました。小学6年生になるまで、私は自分の名前を漢字で書けなかった。当時は親も先生も「書字障害」なんて知りません。「ただただ頭が悪くて、努力不足なんだ」と自分を責めていました。

 一方で、算数障害に関しては、中学生でそろばんをはじめたことで克服できたと感じています。特に、お金の計算は今でも大得意です。

『発達障害の私だからこそ、成功できた』書影発達障害の私だからこそ、成功できた』(似鳥昭雄、祥伝社)

「似鳥さんは発達障害です」と病院の先生に言われた私は、納得しながら心のどこかでホッとしていました。

 子どもの頃、名前を漢字で書けなかったのも、学校の成績が最低だったのも、先生から「落ち着きがない」「人の話が聞けない」「努力が足りない」と怒られたのも、両親から忘れ物や落とし物をするたびに叩かれていたのも、同級生たちの次から次へと変わる話題についていけずにいじめられたのも全部、発達障害の特性があったから。そのことをやっと、知ることができたのですから。

 なるほど。だから自分は、周りと違っていたのか。

 74歳になって、子どもの頃、若い頃、そして今も抱えている困難の答え合わせができた。だから、「なるほど」としっくりきたのでした。