スタートアップが成功できるか、失敗して消えてしまうか? それを決めるのは、Product Market Fit(PMF:プロダクト・マーケット・フィット/市場で顧客に愛される製品・サービスを作ること)を達成できるかどうかにかかっている。増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』(田所雅之著、ダイヤモンド社)は、起業家の8割が読み、5割が実践する起業本のベストセラー『起業の科学』を9年ぶりに大改訂した最新版本連載では同書から抜粋して、スタートアップの成長を加速するポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます

スタートアップが生き残る、たった一つの道Photo: monticellllo/Adobe Stock

イノベーションのジレンマとは

 大企業は豊富なリソースを持つが、既存事業への依存により急激な方向転換が困難になる。

 既存事業への悪影響やカニバリゼーションを避けるため、新興ニーズへの対応が遅れるのだ。これが「イノベーションのジレンマ」である。

 スタートアップは、この大企業が抱える制約を最大の機会とすべきだ。大企業が対応できない市場の隙間や不満点を狙い、従来の慣習を覆す製品・サービスで市場を開拓するのである。

大企業が改革できない理由

 ビジネス競争ではリソース(資源)がものをいうが、豊富なリソースを持つ大企業ほど、破壊的イノベーションを起こせない。理由は彼らが「優等生」だからだ。

 優等生とは、既存の解答用紙で高得点を取る存在である。高得点にはミスを減らすことが重要で、大企業は組織をその方向に最適化する。オペレーションは効率化され利益率は上がるが、結果として組織は分断され硬直化する

 縦割り組織は過去の実績を否定できない。湯沸かしポットに新機能は不要と分かっていても、担当者はハイスペック化を続けざるを得ない。

 上場企業では株主の短期志向も障壁となる。株主は10年後より来年の利益を求めるため、長期的な事業転換は短期利益を毀損するリスクから承認されにくい。これを避け、上場を遅らせたり、廃止したりして事業転換に踏み切る企業も現れている。

 そもそも、縦割り組織とゼロから1を生み出すイノベーションは相反する。新規事業部門なのに顧客と直接話せない、予算承認に「5年間の正確な財務計画」を求められるなど、イノベーション創出の障害が頻発する

 これが、多くの企業が破壊的イノベーションを起こせない構造的原因である。以下にイノベーションのジレンマを突いた2つの事例を紹介する。

Notion(ノーション):統合ワークスペースの革命

 従来の問題点:Microsoftは40年間、機能別の縦割り最適化を継続。Word(文書作成)、Excel(表計算)、PowerPoint(プレゼンテーション)、OneNote(ノート)、Project(プロジェクト管理)と個別最適化された製品群は、ワークスペース全体の包括的な運用を想定していない。ユーザーは複数のアプリケーション間でデータを移行し、異なるUI(ユーザー・インターフェース)を習得する必要があった。

 Notionの解決策:文書作成、データベース、プロジェクト管理、ノート、Wiki、カレンダーなど多様な機能を単一プラットフォームで提供。ブロックベースの柔軟な構造により、ユーザーが自由にワークスペースをカスタマイズ可能。一括作業を求める層のニーズに応え、月間アクティブユーザー3,000万人を突破。

 なぜ、大企業は対応できないのか?:Microsoftにとって統合プラットフォームへの転換は、40年間にわたって構築してきた製品別のライセンス体系で、収益を最大化するビジネスモデルの根本的見直しを意味する。統合化は既存の価格設定と販売戦略を破壊し、複数製品の売上を一つに集約することで短期的な収益減少を招く。さらに、40年間蓄積された個別製品の開発投資と技術的負債を損切りすることは、ステークホルダーへの説明が困難である。

 得られる示唆:顧客体験マッピングによりユーザーの作業フロー全体を観察し、複数ツール間の摩擦点を特定する。ジョブ理論を適用し「ワークスペースを効率的に管理したい」という根本的なジョブ(顧客が片づけたい用事)を見極める。既存製品の機能ではなく、ユーザーの本質的なニーズから逆算してデザイン思考で設計する。

Shopify(ショッピファイ):中小事業者特化型eコマース

 従来の問題点:SAP、Oracle、Microsoft(Dynamics)などの既存ERP・eコマースベンダーは、フォーチュン500企業をメインターゲットとし、複雑な業務要件(多言語・多通貨対応、高度な在庫管理、サプライチェーン統合、既存ERPとの連携)を優先。導入に6ヶ月~2年を要し、初期費用は数百万円~数千万円規模。中小事業者には過剰機能かつ高コスト。

 Shopifyの解決策:「30分でオンラインストアを開設」をコンセプトに、最小限の機能で月額29ドルから開始可能。テンプレートベースのデザイン、決済システムの統合、基本的な在庫管理に特化。アプリエコシステムにより必要に応じて機能拡張可能。現在175ヵ国、200万店舗以上が利用。

 なぜ、大企業は対応できないのか?:大手ベンダーは高額なシステムインテグレーションとコンサルティングで収益を確保する、膠着したバリューチェーンに依存している。低価格・シンプル化は既存の収益構造を破壊し、大企業顧客との長期契約による安定収益を脅かす。

 また、中小企業は長年「利益率が低く手間がかかる」顧客として扱われてきたため、営業組織も高単価案件を前提とした体制となっており、大量の小口顧客への対応は組織的に困難である。

 得られる示唆:競合が無視する顧客セグメントに特化してブルーオーシャン戦略で新市場を創造する。実用最小限の製品(MVP)で市場検証を行い段階的に機能拡張するリーン・スタートアップ手法を採用する。基本機能は簡素化し、エコシステムで多様性を提供するプラットフォーム思考を実践する。

(本稿は増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2の一部を抜粋・編集したものです)

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。
日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。
2017年、新たにスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。その経験を生かして作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』『「起業参謀」の戦略書』(ダイヤモンド社)など。