あの人は昇進した。あの人は旅行に行っている。あの人は幸せそうだ――誰かの投稿を見るたびに、なんとなく気持ちが沈む。その感覚は今に始まったことではなく、古代ローマの哲学者もすでに答えを出していた。
IVEチャン・ウォニョン氏や俳優ハ・ソクジン氏の愛読書と話題となり、韓国で262刷、60万部を超え、「哲学ブーム」の火付け役となった書籍『求めない練習 絶望の哲学者ショーペンハウアーの幸福論』から人生のヒントを探る。

自分より恵まれている人より、恵まれていない人に目を向けるのも、悪くない方法だ。

「比べてしまう」のは、人間として自然なことだ

他人と自分を比べてしまう――
その感情を「いけないこと」と責めてきた人は多いはずだ。
しかし著者はまず、嫉妬は人間の自然な感情だと認める。
責めることより、どう扱うかの方が大切だ、という立場だ。

問題は嫉妬が湧くことではなく、他人の幸福をねたんで苦しみ続けることにある。
ショーペンハウアーが引用する古代ローマの哲学者セネカの言葉は、その核心を突いている。

2000年前から変わらない、人間の苦しみの正体

嫉妬は人間の自然な感情だが、自分を他人と比べるのをやめて、人生を楽しむのがいい。
ショーペンハウアーは、古代ローマの哲学者セネカのこんな言葉を引用している。
――自分と他人を比べることなく楽しもう。
他人の幸福をねたんで苦しむ者は、決して幸福になれない。
自分より恵まれている人より、恵まれていない人に目を向けるのも、悪くない方法だ。自分の苦痛よりも大きな苦痛を知ることは、効果的な慰めとなる。

セネカの言葉は2000年前のものだ。
しかし「他人の幸福をねたんで苦しむ者は、決して幸福になれない」という洞察は、SNSが普及した現代にそのまま当てはまる。
他人の生活を見て落ち込む――その構造は、時代を超えて変わっていない。

比べる相手が「上」だけになるとき、自分は常に「足りない存在」として映り続ける。
その視線の向け方そのものが、苦しみを生んでいる。

視線を「下」に向けることの、意外な効果

著者が勧めるのは、自分より恵まれていない人にも目を向けることだ。
これは他人の不幸を喜ぶことではない。
「自分の苦痛よりも大きな苦痛がある」と知ることが、効果的な慰めになる――という洞察だ。

自分が当たり前だと思っていたものが、実はかけがえのないものだったと気づく瞬間でもある。
上を見て足りなさを感じるのではなく、今あるものに気づく視点――
それが、比べることをやめる最初の一歩になる。

今日から試すなら、SNSで誰かの投稿を見て落ち込んだとき、今自分が持っているものを一つだけ数えることだけでいい。

(本記事は『求めない練習 絶望の哲学者ショーペンハウアーの幸福論』をもとに作成しました)