しかし、ガースナーの成果が、単に「経営破綻を回避した」というレベルのことであれば、このターンアラウンドが伝説となることはありません。経営破綻という喫緊の事態の回避を片方で目指しながら、実はガースナーは次のステップに向けた布石をもう片方で打っていました。
これらの緊急施策の計画と実行を急ぐのと並行して、顧客や社内のキーマンに徹底したヒアリングとディスカッションを行っていたのです。その参加人数は合計で1万人を超えたとも言われています。
このヒアリングから、IBMが進むべき道を示唆する二つのインサイト(洞察)が浮かび上がります。
一つ目のインサイトは、IBMの顧客は「コンピューターそのもの」を求めているわけではなく、「ITを通じた経営課題の解決」を求めている、ということです。
そして二つ目のインサイトは、IBMの顧客は、さまざまな案件ごとに最適なITベンダーを探し、評価し、契約することに多大な時間とコストをかけており、ワンストップでさまざまな案件について相談できるような総合サービス企業を求めている、ということです。
IBMが経営危機に陥ってからというもの、世間ではもっぱら「IBMは大きくなりすぎた。複数の企業に分割して迅速さを身につけるしかない」といった再生策が議論されていたのですが、顧客が「ワンストップのサービス」を求めている以上、「企業を分割する」という方向性は顧客の要望とむしろ正反対になります。
長期のビジョンを打ち出すのは
体制が整ってからでも遅くはない
『コンテキスト・リーダーシップ「最高の上司」と「最悪の上司」は文脈で決まる』(山口 周、光文社)
最終的にガースナーは、IBMを一体の企業として維持する方針を明確にし、ハード中心の会社から、ITソリューションのサービスプロバイダーに転換することを目指して「e-Business」という戦略ビジョンを打ち出します。1年前には「IBMにとって必要ない」と切って捨てたビジョンを、いうなれば「満を持して」ここで掲げたのです。
しかし、この方針についても、市場は当初懐疑的でした。当時のウォール街では、もっぱら「IBMは大きくなりすぎた。会社を分割して企業価値を高めるべき」といった通説がまかり通っており、ガースナーの示した「一体の企業として維持する」という決断は、「大胆な構造改革を避けて妥協した」と捉えられたのです。もしこのとき、ガースナーが、ウォール街の期待する通説通りに、IBMを複数のグループに分割していれば、その後の復活はなかったでしょう。
当初は懐疑的だった株式市場も、その後、IBMの業績が順調に回復する様を見て、ようやく当初の低い評価を改め、時価総額は徐々に上がり始めます。







