茶人として生きた意外な晩年
その後も村重は花隈城に移って抵抗を続けましたが、花隈城も落城すると、今度は毛利領へと逃れて身を隠しました。
そして信長が亡くなった翌年の天正11年(1583)には堺へ戻り、茶人として暮らしていたと伝えられています。このときの村重は出家して道薫と名乗り、天正14年(1586)に堺で死去したとされます。
多くの家臣や一族を失いながら、当の本人がのうのうと生き延びたため、荒木村重に対する後世の評価は決して高くありません。しかし一方で、信長に反旗を翻しながらも最後まで生き抜いた数少ない武将だったことも事実です。
荒木村重は、家臣たちを見捨てた卑怯な武将だったのでしょうか? それとも乱世を生き抜いた現実主義者だったのでしょうか? その評価は、現在でも議論が続いています。
羽柴秀吉(左)と荒木村重(右) (C)NHK
竹中半兵衛(演:菅田将暉)(C)NHK
動画ではこの他、大河ドラマで竹中半兵衛を演じていた菅田将暉さんが、黒田官兵衛を演じる映画『黒牢城』(6月19日公開)について話しています。







