元服後、荒木村重は池田勝正に仕えました。しかし当時の池田家は内紛の最中にありました。家督を継いだ池田勝正と、その弟である池田知正が対立していたのです。

 当初は勝正派だった村重ですが、やがて知正派へ転じ、主君であった勝正を追放してしまいます。その後は知正からも実権を奪い、最終的には織田信長の支持を得て、摂津支配を任されるまでになりました。

 まさに戦国時代を代表する、下剋上武将の一人だったといえるでしょう。

荒木村重と織田信長の有名エピソード

 荒木村重には、信長との有名な逸話があります。

『陰徳太平記』によれば、初めて信長と対面した際、信長が突然刀を抜き、饅頭を突き刺して村重に差し出しました。周囲が固唾をのんで見守るなか、村重は平然とその饅頭にかぶりついたといいます。

織田信長(演:小栗旬)と荒木村重の「まんじゅうエピソード」は、「豊臣兄弟!」第22回でアレンジして描かれていた (C)NHK織田信長(演:小栗旬)と荒木村重の「まんじゅうエピソード」は、「豊臣兄弟!」第22回でアレンジして描かれていた (C)NHK

 この話はフィクションでしょうが、「信長ですら認めるほど肝の据わった人物」という後世の評価をよく表しているエピソードです。

なぜ村重は謀反を起こしたのか?

 ところが、その荒木村重が天正6年、突然信長に背きました。

 謀反の理由については、現在も明確にはわかっていません。家臣が石山本願寺へ密かに兵糧を送っていたことが発覚したためとも、摂津の国衆たちが信長の度重なる出陣命令に不満を募らせたためともいわれていますが、いずれにせよ決定的な証拠はありません。

 荒木村重の寝返りを知った信長自身も、村重の謀反を予想していなかったため、大きな衝撃を受けたとされています。

 さらに信長は、村重と親類関係にあった明智光秀を使者として有岡城へ派遣しました。光秀の説得を受けた村重は、一度は降伏を考えたとも伝えられています。しかし家臣たちの反対に遭い、結局は有岡城へ戻ってしまいました。

 こうして有岡城は、織田軍との全面対決に突入することになります。