『豊臣兄弟!』第19回より (C)NHK
歴史はエンターテインメント!かしまし歴史チャンネルへようこそ。『豊臣兄弟!』第19回のタイトルは「過去からの刺客」。羽柴秀吉(演:池松壮亮)が柴田勝家(演:山口馬木也)を総大将とする上杉攻めに加わるも、作戦を巡って勝家と対立。戦線を離れて戻ってくるという場面が描かれていました。いわゆる「手取川の戦い」ですが、なぜ上杉軍と織田軍がぶつかっていたのか?本記事では、その流れを分かりやすく整理・解説します。(かしまし歴史チャンネル/川合章子)
上杉謙信vs織田信長~七尾城攻防戦から始まる対立
手取川の戦いの発端は、上杉謙信による能登侵攻にありました。天正4年(1576)、上杉謙信は、畠山氏の居城・七尾城を攻め、北陸支配を強化しようとしました。
当時の七尾城は、当主の畠山義隆が家臣によって殺され、幼い当主の春王丸が立てられて、実権は重臣の長続連(ちょう・つぐつら)らが握っているという不安定な状況でした。上杉謙信は、この隙を突いて攻撃を仕掛けたのですが、堅城・七尾城はすぐには落ちませんでした。
しかし、七尾城内には排泄設備が不足しており、籠城によって急激に増えた人々の排泄物があちこちに溢れ、城内は不衛生になり疫病が蔓延。ついには、当主の春王丸までもが命を落とし、家中の結束は崩壊してしまいます。
やがて親上杉派の遊佐続光らが上杉方に内応し、天正5年(1577)9月、七尾城は落城してしまいました。






