疑惑の追及から遁走?
高市首相が燃えないワケ
当初、高市首相は「サナエトークン」発行に関わった松井健氏と、自身の事務所の所長を務める木下剛志氏は面識がないと国会で答弁していた。
しかし、松井氏と木下氏が参加したオンライン会議の音声データを「週刊文春電子版」が公開した。さらに「高市氏の経済ブレーン」として知られる京都大学大学院工学研究科都市社会工学教授の藤井聡氏が自身のブログで、自分が木下氏に松井氏を紹介したと認めた。
このように「国会答弁の綻び」が出てくれば当然、野党からの追及は厳しくなる。しかし、6月22日の国会で、高市首相は自身の答弁の矛盾について説明することなく、「秘書の説明をまとめた陳述書を後日提出」というウルトラCで乗り切った。なぜこんなことがまかり通ったのかというと、「寝てないアピール」である。
「質疑通告を受け取るつど、週刊誌の記事の該当部分を深夜に私は読んで、深夜から早朝にかけて就寝中の奈良の秘書に何度も電話をかけて秘書が答えた内容を答弁してきた」
「私の首相としての業務時間も残念ながら確保できなくなってきている」(6月22日 産経新聞)
「陳述書の後日提出」を押し切ろうとする首相に対して、野党議員は6月19日段階で質問を通告していたのだから十分、答弁の準備ができたでしょ、と食い下がったが、こんなことを訴えて答弁から「遁走」したのである。
「たくさんの資料を持ち帰って、それを住まいで読みながら、また合わせてこの衆参の予算委員会のみなさま方への答弁資料も読みながら、時にはペン入れをして直しながら、本当に金曜日の夜から今朝までの間、ほとんど睡眠もとってません」(6月23日 女性自身)
そう聞くと、雪印の社長のように炎上したのではないかと思う人も多いだろうが、そんなことはない。
確かに一部では批判が盛り上がっている。専門家の中には、歴史的失言「私は寝てないんだ」と重ねている人もいる。が、バッシングの広がりは石川社長と比べたら「さざ波」のようなものだ。
実際、ネットやSNSでは「寝てないなんてかわいそう」「働きすぎて体調が心配」と同情をする人や「こんな問題をネチネチとしつこく追及する野党が悪い」と擁護をする人も少なくない。
では、「不正や不祥事の追及から寝てないアピールで遁走」という危機管理の致命的ミスを犯しながら、なぜ高市首相の傷はそれほど深くならないのか。
「そんなもん国民の多くが高市首相を支持しているからに決まっているだろ」という意見もあるだろう。高市首相の根強い人気が、強引な言い訳に説得力を持たせたというわけだ。
また「時代の変化」を思い浮かべる人も多いはずだ。雪印食中毒事件が起きた2000年代初頭は「コンプライアンス」などという言葉も一般的ではなく、「昨日寝てなくってさ」と完徹アピールをするビジネスマンがそこかしこにあふれてるブラック社会だった。
そんな時代に「私は寝てないんだ」と訴えても「そんな言い訳いいからさっさと説明しろ!」と叩かれるのは当然だ。
しかし、今の日本はワークライフバランスを重んじるホワイト社会。「私は寝てないんだ」と訴えれば「大丈夫?」「無理しないで早く帰って寝な」と高市首相のように優しい言葉をかけられ、そういう状況に追い込んだ側に問題がある、と社会全体から非難されるような世相だ。
ただ、これらの要素もあるだろうが、個人的には、高市首相が駆使してきた「繰り返しの技術」によるところも大きいのではないかと思っている。







