それは主義? はたまた事情??
「AかBか」という主義が分かれそうなトピックをあらためて考える、人気エッセイストの古賀及子さんによる書き下ろし新刊『暮らしの信じ方』から、抜粋・再構成し公開します。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

暮らしの信じ方Photo: Adobe Stock

前回≫6/30公開【すぐに帰るかとどまるか】帰りたいのは主義でしょうか、事情でしょうか(1)

30代でも、まだ帰らない側だった

 出産を経て三十代に入り、子どもが保育園や小学校に通うようになったあとも、まだ帰らない側だった。
 保護者会があれば、二次会と称して終わったあとにそのまま子連れで誰かの家に行ったり、自宅に招いたりした。帰らなさを、私はそれなりに楽しんでいたと思う。

 保護者会のあとに二次会をしていた、ふたりの子どもたちがまだ小さかったころは、会社のほうを早く帰らねばならなかった。仕事をなんとか切り上げて、追いかけられるようにあわてて退社する。

 保育園に子を迎えに行って、小学校から帰ってひとりで留守番している子に晩ご飯を作ってとあわただしい生活は三十代の後半まで続いた。

今さっさと帰るのは、これはもう主義だろう

 帰るのには、帰りたいから帰るのではない、やむを得ず事情で帰らねばならないケースがある。いっぽうで、ただ帰る、主義で帰るパターンもあるわけだ。

 今の私は、どっちだろう。子どもたちはすっかり育った。息子などはもはや成人までしてしまった。かつてのように子どものためにどうしても早く家に帰らねばならないことは、もうない。
 ということは、今、私がどこからもさっさと帰るのは、これはもう主義だろう。

 確固として自分の意思で帰るようになったのは、何かきっかけがあったわけではなくって、なんとなくじわじわと、そうなっていった。気づけば、帰るようになった。

 そもそもはせっかちなたちだ。さっさと帰るのは、祖父がそうだったし、父もそうだ。父方の血がふつふつと沸いたということかもしれない。

 祖父は段取りの鬼で、旅行などの余暇の遊びもばりばりにスケジュールを立てる人だった。スタンプラリーをするように、こなすように旅程を進める。時間が余るとタバコを吸って、次の予定を今か今かと気を急かせて待つ。全部終わらせて帰ることが旅の目的かのように見えた。父も同じだ。出かけた途端に、帰ったら夕食に何を食べようかと話をし出す。いきなり、気持ちが帰っている。

 私はそこまでの本物ではないとは思うのだけど、頭のどこかに、つねに終えて帰ることを考えている、帰宅にとらわれているのはずっと感じてきた。むしろ、帰らずにカルチャーセンターに通い、友人の家を訪れ、友人を家に招いたかつての自分のほうが、ちょっとらしくなかった。

時間を楽しんで、豊かに味わうことに憧れていた

 ただ、らしくない、けれど帰らないでいた、その理由は、実はわかっている。
 私は、時間を楽しんで、豊かに味わうことに憧れていた。あちこち歩いて知らない景色を見て、見聞を広めたかった。だから、努力をして、その場にとどまっていたのだ。

 集まりに出たら、会話を楽しんで、新しい人との出会いを見つけたかった。帰らずに残ることで、もしかしたら、未知のことが知れるのではないか、発見があるのではないかと、ずっと予感していた。

 どの場所にも、あせらずゆっくりすごす人たちがいる。彼らを羨んで、帰らずに頑張っていた。それで結果的に、ダンスのクラスで体の動かし方を身につけたことを思うと、過去がまぶしくもある。

 今、生来の、せっかちで早く帰りたいという性質のまま、無理してねばって帰らない選択をするようになったのは、やはり自分がある程度、大人になったからだろう。
 もう、頑張らなくてもいっかと、いわゆる手放しが、拗ねる意味ではなく、純粋にできるようになった。

(7/2の記事につづきます)