サラリーマンでありながらサンダンス映画祭で日本人初のグランプリを受賞した映画監督/脚本家の長久允氏。その思考法を存分に伝える『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』から、抜粋・再構成し、作品づくりの根幹に迫る。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

脚本の教室Photo: Adobe Stock

「本当は、あれをやってみたかった」

 人生を振り返るとき、人が深く後悔するのは、大きな失敗よりも、むしろ“手を付けなかったこと”かもしれません。

 挑戦したい仕事があった。学びたいことがあった。会いに行きたい人がいた。

 けれど、忙しいから、今さら遅いから、自信がないから――そう言い訳を重ねるうちに、「いつか」は静かに遠ざかっていく。

後悔しない生き方をするために

 たしかに、毎日仕事に追われるなかで、時間をとって自分自身を振り返ることは難しいかもしれません。

 30代半ばから映画監督になり、サンダンス映画祭でグランプリを受賞した長久允さんも、そんな悩みに取り憑かれていたひとりでした。

 今となっては私の得意なフィールドと広告というものとの相性が悪かったんだなと思えますが、当時は悩み苦しみました。心を消して死に物狂いで頑張っても、結果がついてこない日々が続きました。

 

――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』p.25より

 CMはうまく作れないけれど、コピーライターの賞は獲れないけれど、広告の雑誌には載らないけれど、クライアントさんが喜んでくれてるし、とても幸せな仕事だな。そう感じていました。そう自分で自分に言い聞かせて、たくさん映像を納品しました。

 

――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』p.26-27より

 なんとも身につまされる描写です。

 努力が報われない辛さ、「やりたい仕事」と「環境」とのギャップ。そこからどのように抜け出したのでしょうか。

「1回きり」でいいからやってみる

 長久さんは、一念発起して「本当にやりたかったこと」、つまり、映画を作ることにしたのです。

 当時のことをこう振り返ります。

 当時、私は監督でもなんでもなかったのでスタッフの知り合いはほとんどいませんでしたが、人生で1回きりの映画ですから、後悔しないように本当に好きな技術者たちと作ることにしました。

 好きなルックのMVのカメラマンさんや照明さんを調べて連絡をとり、参加してもらいました。音楽もこの映画にぴったりのバンドにDMを送り、最高の曲を作ってもらいました。俳優も、普通は出てもらえないような方々ばかりでしたが、熱意を持って企画を説明
し、出演していただけました。
(中略)
 

 映画はなんとか完成しました。監督としての経験が足りないことばかりだったので、本当に周りのサポートがあってのことでしたが、人生で初めて、脚本も、スタッフィングも、キャスティングも、編集も、本当に悔いなく、「自分としては最高! 他人がどう思うかは知らん!」という気持ちで作り切ることができました。私の人生で得たすべてを詰め込みました。もう死んでもいい。そんな気持ちでした。


――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』p.34-35より

「1回きり」と、すべてを出し切って作った映画が世界一を獲り、結果、長久さんの映画監督としてのキャリアが始まったのです。

 1ミリの妥協もなくやり切る。それが世界への近道だったということ。

 後悔しない人生を送るために、「一度くらいは」と自分を鼓舞してやりきってみると、新しい世界が見えるのかもしれません。