サラリーマンでありながらサンダンス映画祭で日本人初のグランプリを受賞した映画監督/脚本家の長久允氏。どのように独自の方法で話題作を作り続けているのか、その思想に迫る。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

脚本の教室Photo: Adobe Stock

その「いつか」は本当に来るのか

「いつかやる」と、私は何度言ってきただろう。

 いつか書く。
 いつか作る。
 いつか始める。
 いつか形にする。

 その言葉を口にすると、少しだけ安心する。まだ諦めたわけではない、と思えるからだ。

 やりたいことを捨てたわけではない。ただ、今ではないだけ。もう少し準備ができたら。もう少し時間ができたら。もう少し自信がついたら。

 でも、その「いつか」は本当に来るのだろうか

 長久允さんの『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』を読んでいると、そんな言い訳が少しずつ通用しなくなってくる。

 この本は、脚本の書き方についての本だ。けれど、それだけではない。むしろ読みながら突きつけられるのは、「あなたはなぜやらないのか」という問いである。

自分が見てきたものを表現できるのは自分だけ

 長久さんはこう言う。

 他人の心なんて実際わからないのだから、

 偉そうにわかった気になって書くよりも全然いい。
 むしろ他人の心がわからなくて、混乱し奔走するあなたの物語が観たいのです。


 高揚したり、沈んだり、そういう瞬間をあなた自身が感じられているということは、知っているということは、そのような描写が書けるということなのだから。あなたが体験したHIGHとBADを脚本に書いたらいい。平穏に生きてきた者には書けない、あなたにしか書けない物語がきっと書けるはずだから。


――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう脚本の教室』p220より

 ただ、私はここで、少し立ち止まってしまう。

 自分にしか作れないもの。
 そんなものが本当にあるのだろうか。

 世の中には、才能のある人がいくらでもいる。自分より若く、自分より技術があり、自分より大胆で、自分より努力している人もいる。だったら、自分がわざわざやらなくてもいいのではないか。誰かもっとふさわしい人が、きっとやってくれるのではないか。

 でも、たぶんそれは違う。

 うまい人はいる。
 速い人もいる。
 器用な人もいる。
 けれど、自分が見てきたものを、自分の温度で覚えている人は、自分しかいない

「やったほうがいい気がすること」を後回しにしない

 なぜか忘れられなかった言葉、ずっと引っかかっている違和感、誰にも説明できない怒り、何年経っても消えない寂しさ。

 人から見れば小さなことなのに、自分の中では妙に大きく残っている記憶。

 それらは、他人には代われない。

 長久さんはこうも言っている。

 そもそも、誰もあなたに作品を作ってほしいと頼んでいないのだ。

 すべての創作物がそうだと思う。
 どんな芸術も、基本的には、作者が勝手に作りたいと思い、勝手に作っている。
 だから安心して勝手にやるべきなのです。誰もあなたに期待していない。(中略)
 

 自分の中に浮かんだ物語は、自分が作らない限り、存在しないから。
 これはスピじゃなくて、事実として、物理的に、そうなのです。


――『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう脚本の教室』p234-235より

 これは、脚本家だけに向けられた言葉ではないと思う。

 本当は本を書きたい人。
 店を始めたい人。
 企画を出したい人。
 発信を始めたい人。
 転職したい人。
 旅に出たい人。
 誰かに気持ちを伝えたい人。

 みんな、自分の中に「やったほうがいい気がすること」を持っている。

 けれど、それはたいてい誰にも強制されない。やらなくても怒られない。やらなくても給料は下がらない。やらなくても今日の生活は続いていく。

 だからこそ、先延ばしにできてしまう。

 しかし、本当に怖いのは、失敗することではないのかもしれない。
 本当に怖いのは、自分がやらなかったせいで、この世に存在しなかったものがある、ということではないか。

 あなたにしか作れないものは、必ずある。

 ただし、それは誰かが命令してくれるものではない。締切を設定してくれるわけでもない。拍手で迎えてくれる保証もない。作らなかったところで、世界は平然と回っていく。

 でも、あなたがやらなければ、それは存在しない。

 この事実は、厳しいようで、どこか希望でもある。

 なぜなら今日、始めればいいからだ。

 後悔しない生き方とは、大きな夢を叶えることだけではなく、自分の中にある「やったほうがいい気がすること」を、なかったことにしないことなのかもしれない。

脚本の教室『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』p238より