「ずっと、13歳の時の自分が見ているんですよね」
サンダンス映画祭で日本人初となるグランプリを獲得した映画監督・長久允さんに取材した帰り道、この言葉がずっと、頭の中をぐるぐるとしていた。
やりたいことがあるのにブレーキをかけてしまう。もっと自分らしく働きたいのに、踏み切れない。
私だけじゃない。大人はそんな悩みをきっと持っている。そう慰めてきた中で、そうじゃない大人に出会ってしまって、私は衝撃を受けた。(文/飯室佐世子

飯室取材記事Photo: Adobe Stock

「手前で止まる自分」に、気づいた

「夢中になってないな」と、ふと思う。

 社会人経験をそれなりに踏み、それなりの仕事をそれなりにこなせるようになった一方で、新人の頃に感じた「自分のアイディアが正しい! と憤ること」や「それをなんとか証明しようともがく自分」とは、ずいぶん疎遠になった。

 正直にいうと、「周りにどう思われるかな」スイッチが発動した瞬間に、ものすごいブレーキを踏んでいる。

 だから、自分の中の正しさに向かって全力で走りきっているように見える人を見ると、純粋にすごいなと思う反面、なんで自分にはできないんだろうという気持ちにもなる。

 長久允さんは、サンダンス映画祭で、日本人初となるグランプリを獲得した映画監督だ。
 著書『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう脚本の教室』には、登場人物に憑依して、マクドナルドで泣きながら脚本を書くエピソードが出てくる。

 振り切っている。

 どうしたらそこまで自分を解放できるのか、聞いてみたかった。

「目を閉じて壁に向かって走る」ゲーム

 取材の場で、思い切って聞いてみた。「私はずっと、誰かの目が気になってるんです。どうしたら、自分にもっと目を向けられるんでしょう?」

「人の目を気にすることが、必ずしも悪いことではないんだけど」、と前置きしながら、長久さんは学生時代のエピソードを話してくれた。

長久允(以下、長久):学生時代に、友だちの間で流行ったゲームがあって。
 目を閉じたまま壁に向かって全速力で走るっていう(笑)。一番手前で止まった人が負け、壁にぶつかって血を流したとしても負けじゃない。どこまで全速力で走れるかっていうゲームで。

 ――根性比べみたいな(笑)

長久:ね(笑)。そのゲームを、大人になった今もずっとやり続けなきゃなと思っているんですよ。
 実際に壁に向かって走るわけじゃないけど、当時の同級生たちが今の自分の映画を見て、「あ、手前で止まったな」って思われたら負けだなって。
 だから、ある意味僕も人の目を気にしているんですよね。

13歳・15歳・20歳の自分はどう思うか。

 ――確かに、それ自体は悪いことではないのか! 他にも、目線を意識する存在はあるんですか?

長久:13歳、15歳、20歳の自分がずっと監視している感覚はある。ちゃんと走りきってるか? って(笑)。

 ――意識する相手が、過去の自分なんですね。しがらみがなかった頃というか。

長久:そうそう。外から見てどう見えるかはあまり気にならないんだけど、あの頃の自分に恥ずかしくないかは、すごく気にしている。
 今の僕の働き方って、会社に所属しながら映画を作っているんだけど、それも、見る人から見れば「映画一本に振り切ってない!」って見えるかもしれないんだよね。

 だけど、おそらく映画一本に絞ったら、生活のために受ける仕事も出てくるのかなと感じていて。
 自分の中では、自分のつくりたい作品に全力を出すために今の選択をしているから、あの頃の自分には胸を張れると思ってる。

手前で止まることは、ゼロじゃない

 ――13歳・15歳・20歳。私が手前で止まっているように感じるのは、他者の評価を気にしすぎているのかもしれないですね。

長久:気になりますけどね。まずは一回、誰にも見せないつもりでやってみるとか。
 評価のためじゃなくて、自分のためにやる体験を積み重ねていくことで、少しずつ変わっていくと思いますよ。

 学生時代のあのゲームも、最初から壁にぶつかれたわけじゃなくて、やってみるうちに手前で止まれなくなっていたから(笑)。手前まで来てるってことは、ゼロじゃないんですよ。

(本記事は、『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』の著者インタビューです。)