私たちはいま、寝ている時間以外、ほとんど常にオンラインにいる。電車の中、カフェ、ベッドの上。そしてオンラインにいる限り、だれかの評価から逃げられない。「いいね」がつくだろうか。あの投稿、あの発言、変に思われなかっただろうか。まだだれからも何も言われていないのに、私たちはいつも、見えない視線に先回りして怯えている。夜、布団の中でそれをぐるぐると考えて、眠れなくなる。
アパレル史上最年少で上場した株式会社yutori社長・片石貴展氏は、新刊で、この落ち着かなさの正体を「オーディション化した社会」という言葉でとらえている。私たちがクヨクヨと思い悩むのは、多くの場合、目の前の問題で悩んでいるのではない、というのだ。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局/淡路勇介)
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気づけば、だれもが「評価される側」になった
SNSが登場して、フォロワー数も、いいねの数も、再生数も、すべてが数字で見えるようになった。
その数字が影響力やお金に直結する「評価経済」が、社会の隅々まで浸透している。便利な時代になった一方で、私たちの日常は、常に評価にさらされるようにもなった。
はじまりは、ささいなことだったはずだ。
――『自分の言葉で話せるようになりましょう。』より
いいねの数が気になる、という程度だったものが、いつのまにか生活の隅々にまで染み出す。
何を食べるか、どこへ行くか、どう振る舞うか。
そのすべてを「評価されるかどうか」で選ぶようになる。
気づけばだれもが、評価される側として毎日を生きている。片石氏は、こうして社会全体が巨大な「オーディション会場」になっていったと言う。
コミュニケーションは、オーディションじゃない
そもそも、オーディションとは何だろうか。
――『自分の言葉で話せるようになりましょう。』より
これは、面接やオーディションだけの話ではない。
ただの雑談も、何気ない投稿も、久しぶりの再会も、私たちはいつのまにか「審査される場」に変えてしまう。落とされないように、よく思われるように、必死に自分を取り繕う。だが、目の前の相手は、あなたを値踏みするためにそこに座っているわけではない。
――『自分の言葉で話せるようになりましょう。』より
返信がそっけなかったのも、既読がつかないのも、その人があなたを採点したからだとはかぎらない。
ただ手が離せなかっただけかもしれない。それなのに私たちは、頭の中に審査員を立て、まだだれも下していない評価を勝手に想像し、その想像に向かって一人で青ざめる。まだ言われてもいないことに、先回りして傷ついているのだ。
審査員を、退場させる
では、どうすればいいのか。片石氏の答えはシンプルだ。
目の前のやり取りを、オーディションではなく、ただのコミュニケーションとしてとらえ直すこと。相手は審査員ではなく、ただ話している一人の人間なのだと思い出すこと。
その審査員は、はじめから存在しない。あなたが頭の中で作り出しただけだ。
だとすれば、消すこともできる。
評価から逃げられない時代に、私たちはつい、まだ起きてもいない採点に怯えて眠れなくなる。だが、作り出したのが自分なら、消すのも自分だ。
あなたが夜、クヨクヨと眠れないのは、心が弱いからでも、目の前のことで悩んでいるからでもない。ただ、いもしない審査員の視線に、まだ言われてもいないことに、勝手に傷ついているだけだ。
(本稿は、『自分の言葉で話せるようになりましょう。』の一部を引用したオリジナル記事です)









