「泣く」という一語で片づけてしまえば、意味は通じる。しかし、「嘆息」「涕泣」「嗚咽」「慟哭」という言葉を知っている人には、同じ涙の場面でも見えている世界は大きく異なる。ドラマ版『舟を編む』で池田エライザが演じた印象的な冒頭シーンを手がかりに、語彙が認識の解像度をどう高めるのかを評論家・宮崎哲弥氏が読み解く。※本稿は、評論家の宮崎哲弥『会話で差がつく 大人の上級語彙』(SBクリエイティブ)の一部を抜粋・編集したものです。

『舟を編む』のドラマ字幕で示された
「嘆息」から「慟哭」への変化

池田エライザさん池田エライザさん Photo:SANKEI

 若い女が日の出まぎわの海岸に佇たたずむ姿が画面に映し出されている。

 アップになった彼女の表情は暗いが、やがて双眸(そうぼう)に涙が溜まり、流れ出し、頬を伝う。泣き声も漏らしている。はじめは押し殺すように、そして大声となる。

 水平線から徐々に陽が昇って、彼女の顔を照らしていく。それにつれて、泣き様が変わっていく。

「嘆息」→「涕泣」→「嗚咽」→「慟哭」と画面に字幕が掲げられ、彼女の嘆き泣きの変遷が言葉で示される。その語のかたわらには辞書風の語義が添えられている。

 たんそく【嘆息・歎息】(名)嘆いたり感心したりしてため息をつくこと。

 ていきゅう【涕泣】(名)涙を流して泣くこと。

 おえつ【嗚咽】(名)声を詰まらせて泣くこと。

 どうこく【慟哭】(名)悲しみのために、声をあげて激しく泣くこと。

 思うさま号泣した後、昇ってきた朝日の光が彼女の顔に当たり、右側の頬の涙を乾かす。それが彼女にある気づきをもたらすのだが、若い女に扮する女優、池田エライザは、そこまでの表情の変化をとても上手に演じている。

 ドラマ版『舟を編む』の冒頭だ。