スタートアップが成功できるか、失敗して消えてしまうか? それを決めるのは、Product Market Fit(PMF:プロダクト・マーケット・フィット/市場で顧客に愛される製品・サービスを作ること)を達成できるかどうかにかかっている。『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』(田所雅之著、ダイヤモンド社)は、起業家の8割が読み、5割が実践する起業本のベストセラー『起業の科学』を9年ぶりに大改訂した最新版。本連載では同書から抜粋して、スタートアップの成長を加速するポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます。
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ペルソナを使うべき3つの目的
前回に続いて、ペルソナについて説明する。
ペルソナを想定することには、3つの目的がある。
1つ目は、プロダクトの設計プロセスを人間中心、課題中心にするためだ(ソリューション中心、プロダクト中心の考え方と対極を成す)。
定性的な分析を苦手とする人もいるかもしれないが、そうかといって数値化や定量化による分析だけでは、本質的な要素がごっそりそぎ落とされるものである。
人は経済合理性に基づいて行動するが、その一方で、ときに経済合理性と矛盾した感情に基づく行動をする。そういった一筋縄ではいかない行動の矛盾や不合理性を可視化することにより、ストーリーはよりリアルな臨場感を持つようになり、ファウンダー同士が議論を深掘りするのに役立つ。
「課題にまつわるストーリー」を明確に思い描くことができるかどうかで、仮説の精度は全く変わるし、本人や身近な人が課題の当事者であると、リアルな心理描写を一段と深いところまで想定することができるはずだ。
2つ目の目的は、特定の人に刺さるサービスを考えていくアプローチを取ることで、スタートアップが陥りがちな「あらゆる人に気に入られなくてはいけない」という無駄な考えを拭い去るためだ。初期のスタートアップは限定市場にて、いかに独占を築いていけるかが勝負の決め手となる。
あらゆる人にそこそこ気に入られるプロダクトよりも、ある特定の人に圧倒的に支持されるプロダクトを構築する必要がある。そのカスタマー像を定めるのに、ペルソナは役に立つ。
最も重要なのが3つ目の目的だ。チーム内でイメージを共有するためだ。
創業メンバーが3人いたら、経験や認識の違いによって確証バイアスがかかり、各自がイメージするカスタマー像はバラバラになる。その状態でいくら検討を進めても、いざプロダクトを作る段階になったときに、ユーザーに対するイメージや前提条件が異なるので、コミュニケーションが難しくなる。
結果としてプロダクトを作り直す手戻りが増えるので時間を無駄にしてしまう。ペルソナの構築によってユーザーの具体像を可視化することは、チーム内のコミュニケーション・コストの削減になる。
ペルソナをうまく想定した
ホンダのバイク「スーパーカブ」シリーズ
ペルソナをうまく想定した例としては、ホンダのバイク「スーパーカブ」シリーズがある。
1958年に初代が登場し、2024年には全世界で累計1億1,000万台を売り上げた。このバイクのペルソナは、そば店の配達員だった。
簡単にギアチェンジできるのも、またがりやすいデザインになっているのも、おかもちを持つそば店の配達員に最適化した結果だ。
その実用性が、その他の業界の配達員にも口コミで広がった。新聞配達などの業務もターゲットにすることで、様々な業界を席巻し、爆発的ヒットにつながっているのである。
このようにペルソナを定めることは、課題仮説の検証スピードを上げることができるのだ。ペルソナを設定しなければ、ターゲットが広すぎて検証がなかなか進まず、アクションに落とし込めなくなる。
最初は多くの仮定が入るので、気持ち悪さが残るが、まずは「最も確からしいペルソナ」を想定することが重要だ。
条件を絞るのがコツ
とはいえ、架空の人物を想像だけで作り上げるための変数は膨大にある。
そこで、私が有効だと思うテクニックは、「場所」「時間」「イベント」といった文脈を絞り込むことだ。それにより明確にペルソナが不便、不満に感じている状況を浮き彫りにできる。
たとえば、宿泊予約のAirbnbは最初にサービスをリリースしたとき、いきなり各都市で広く展開せずに、特定のイベントを狙い撃ちした。米コロラド州で大統領選挙の指名演説が開催される時期を狙ったのだ。
多くの来場者でホテルの部屋が不足することが分かっていたAirbnbの創業者たちは、通常のペルソナ像に加えて、大統領選のイベントというタイミングに合わせた文脈で宿の確保に困っているペルソナの特性を考え、プロモーションを展開した。
カスタマーの課題仮説を明確にしたければ、サービスの需要に対して供給が少なくなっている状況を想定することがポイントだ。
こういう状況では、カスタマーは従来の手段だけでなく代替案を積極的に探すようになり、スタートアップ側も、課題検証がしやすくなる。
(本稿は『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。
日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。
2017年、新たにスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。その経験を生かして作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』『「起業参謀」の戦略書』(ダイヤモンド社)など。




