ジョージ・ソロス氏 Photo:Bloomberg /gettyimages
1992年の「ポンド危機」で巨額の利益を上げ、「イングランド銀行を破った男」として、世界にその名を知られる伝説の投資家、ジョージ・ソロス。彼の強さは未来を正確に予測する能力ではなかったという。ソロスは何を判断の拠り所にしていたのか。その独自の投資哲学を読み解く。※本稿は、投資助言家の鹿子木 健『なぜ金融の勝者はいつも同じ顔ぶれなのか 教養としての金融市場』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。
チャートも企業価値も
判断の中心に置かない
ジョージ・ソロスは、「市場を正しく理解した人物」として語られることが多い。しかし、その評価はどこか曖昧です。「正しく理解した」ものは何か。理論か、予測か、それとも結果か。
彼の実像に近づくためには、別の問いを立てる必要があります。ソロスは、何を見て、何をあえて見なかったのか。
この問いを立てた瞬間、彼の行動は、従来の投資家像から離れ始めます。ソロスが見ていたのは、価格そのものではありません。チャートの形でも、企業価値の算定でも、マクロ経済指標の整合性でもない。そうしたものを知らなかったのではなく、判断の中心に置かなかったのです。彼が注視していたのは、人々が何を信じ、その信念がどこまで自己強化的に広がっているかという一点でした。
多くの投資理論は、世界がどうあるべきかという前提から出発します。しかしソロスが警戒していたのは、そうした前提そのものが、人間の信念によって簡単に書き換えられてしまうという事実でした。
あらかじめ正しいとされる枠組みよりも、事後に現れる人々の行動と、その連鎖。彼は、判断の起点をそこに置いていた。







