ウォーレン・バフェット氏 Photo:Bloomberg/gettyimages
「投資の神様」と称されるウォーレン・バフェット。しかし、その投資手法を丁寧に見ていくと、世間で語られる人物像とは異なる一面が浮かび上がってくるという。バフェットは、市場とどのように距離を保ち、何を大切にしてきたのか。彼の投資哲学から、その人物像を読み解く。※本稿は、投資助言家の鹿子木 健『なぜ金融の勝者はいつも同じ顔ぶれなのか 教養としての金融市場』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。
バフェットが成功を収めたのは
「人格の高さ」が理由ではない
世間に流通しているウォーレン・バフェット像は、驚くほど一貫しています。質素な生活、長期投資、忍耐、誠実さ、顧客第一。どれも事実です。しかし、ここに落とし穴があります。
人は、成功者を「人格者」として理解したがります。なぜなら、そのほうが安心できるからです。正しい人が報われた。善い人が勝った。そう理解できれば、世界はまだ公正だと思える。
しかし、バフェットの投資を丁寧に見ていくと、その理解は成り立ちません。彼が勝ち続けてきた理由は、「人格の高さ」ではないからです。
バフェットは、善意で投資していません。社会を良くしたいから企業を買っているわけでもない。誰かを救うために資本を投じているのでもありません。彼が一貫して見ているのは、その事業がどの程度の確率で生き残るか、そしてその構造が、自分にとってどれほど不利になり得るか、その二つだけです。
もしある産業が衰退すべき構造にあるなら、そこに従事している人がどれほど努力していようと、どれほど誠実であろうと、判断材料にはなりません。







